第十話 鍛冶師の癖

 冒険者ギルドはグリムで一番大きな道にある。その周りには、冒険者を相手にした商人たちが店を構えている。


 当然、そこには冒険者のための武具屋もあった。


 ヨトにはどこの武具屋が良いか、などという知識は持っていないため、ギルドに近く規模が大きい『デュセル武具屋』に入った。


「おお……」


 店の中の光景が、ヨトに感嘆の声を上げさせた。


 四方の木の壁に、ところ狭しと武器が張り付けられている。それだけではなく、棚にも並べられ、木の板を組み合わせたものにも立てかけられている。


 剣、槍、斧その他見たこともない形状をした武器たち。どこに視線を動かしても、武器がある状況にヨトは圧倒されていた。


 特にヨトの目を引いたのが、店の商人である若い男が持つ剣だ。大きさはヨトの身長くらいあって、刀身が不思議な形状をしている。移動する蛇のように、波を打っている。


「あれは、フランベルジュという剣だ。あの刃の形は、肉を引き裂きやすくするためだ」


 まじまじとその剣を見ているヨトに、声が投げかけられた。しわがれていながらも、よく耳に通る力強さを感じられる。


「へぇ……」

「儂は店主のデュセルだ」


 ヨトが振り返ると、不機嫌そうに顔をしかめている老人の男が腕を組んでいた。白髪で、皺のある顔だが、体格は年寄りとは思えないほど大きく腕が太い。


 ヨトは、漠然と強そうな人だと感じた。


「おれは、ヨトです」

「おまえは、何を使う?」

「槍です」

「ならこっちだ」


 それだけ言うと、デュセルは背を向けて歩き出した。フランベルジュを語る時とは打って変わって口数が減った。商売人が持つ合わせる愛想はなく、大きな体格も合わせて冒険者のように見えた。


 物を知らない駆け出し冒険者であるヨトを、食い物にしてやろうという雰囲気ではない。


 ヨトがデュセルについていくと、壁にいくつもの槍が張り付けられた区域にたどり着いた。様々な大きさや形状をした槍が並べられている。


灰牙はいがの素材を仕入れた。おまえが仕留めた奴の物だ」


 呼吸が止まる感覚を覚えた。ヨトは弾かれたようにデュセルへ視線を飛ばす。


 脳裏に再現されるのは、仲間の血に濡れた灰色の牙。思い出すのが辛い記憶。


「……なんで、それを」


 口に出してから、ギルドが秘密にする理由がないことに気付いた。ただ、触れてほしくないという、ヨトの個人的な願望があるだけだった。


「ギルドに聞いただけだ」デュセルはヨトに目を向けることもなく答えた。「見習いが灰牙の末裔とやり合った、とな」


 ヨトは、デュセルの物言いから、彼が事の経緯を把握していることを察した。三人が死に、ヨトだけが生き残ったことだ。


「おまえ、灰牙を素材にした武器をきたえると言ったら、買うつもりはあるか?」

「え……?」


 デュセルはヨトに向き合った。その瞳の奥底には強い光があった。


「倒した魔物の体を素材として作る武具は、魔具まぐと言う。強い冒険者が好んで使うものだ」


 仲間を殺した灰牙で作った武器を、自分が使うのか?


 心臓が痛みすら感じ取れそうなほど、暴れているみたいに跳ね上がる。


「魔具は、成長する。それは使用者の強化魔法だったり、魔物を傷つけ魔力を奪い取ったりすることで、より強くなる。冒険者として上を目指すならば、魔具は必須だ。そして成長する性質を持つ以上、早くからかつぐに越したことはない」

 ヨトの感情を抜きにして、良い装備を手に入れるという目的に合致はしていた。

「ギルドからいくら貰った?」

「……四万、オアです」


 ヨトはうまく思考をまとめられなくなった。あるいは、考えることを必死で拒んでいるのかもしれない。だから素直に答えることになった。


「なら四万で売ってやる」

「……少し使ったので、買えませんよ」

「まだ作ってねえよ。出来上がる頃には、たまってるだろう」

「……稼ぐために、装備だって買わないと」

「それぐらい、貸してやる」

「なんで……そんな……」


 ヨトは心の底から理解できなかった。デュセルの言葉通りであるなら、ヨトにとって都合の良すぎることだ。武器を安く売るつもりで、しかも繋ぎの装備の貸し出すと言っているのだ。


「儂の息子は、灰牙の末裔に殺された」


 そこでやっとデュセルの感情が見えた。怒りと悲しみの暗い光をたたえる瞳に、ヨトは既視感を覚えた。自分も同じ目をしているのだろうか。


 だからヨトは、その言葉だけでひどく納得してしまった。


 デュセルは壁にかかっている短槍の留め具を外し、それの状態を確かめた後、何も言えなくなったヨトに手渡した。


 ギルドから借りて使っていた短槍と同じくらいの大きさだ。しかし、穂の刃は磨き抜かれた鋭さで、柄は手に吸い付いて持ちやすい。


「ちょうどいいな。防具も必要か、少し待ってろ」


 店の奥に引っ込もうとしたデュセルの背中に声をかける。


「ほんとにいいんですか?」

「鍛冶師は作った武器を、気に入った奴に使わせたがる生き物だ」


 振り返りもせずに、それだけ言うとデュセルは行ってしまった。


 同情、共感、親近感。いずれの理由にせよ、良くしてもらえるのなら、それを受けるべきだとヨトは考えがまとめた。


 今でも鮮明に思い出す、あの光景を生み出した灰牙。それを今度は自身が武器として使い、魔物を殺すようになる。ヨトにはそれが、出来の悪い皮肉に思えた。


「……別に、それでもいい」


 ポツリ、と口の中で呟く。


 冒険者として強くなれるなら、どんなものだって受け入れる。そうしないと、心の奥底にべったりと張り付く"赤"を取り除くことはできないだろう。


 今のヨトにとって必要なものは、戦うための力だ。

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