第三話 冒険者の本分

 ぼんやりと目の前の世界を眺めていると、声をかけられヨトの意識が引き戻される。振り返ると、さっきの受付の女性が立っていた。


「お待たせしました。講習のお時間です。修練場へとご案内しますね」


 頷いたヨトは受付の女性に連れられ、入り口とは別の扉をくぐって外に出る。


 ふっとギルドの熱気から抜け出し、冷やりとした空気に心地よさを感じると、そこは広く開けた場所になっていた。複数の冒険者が武器を試すために素振りをしたり、冒険者同士で試合をする姿が目に入る。



「あちらです」


 受付の女性が隅の方を手のひらで指し、そのままギルド内へと戻っていった。ヨトは案内された先にある複数の人影に近づいていく。


 壮年の男が、腕を組んでギルドの壁に背を向けて立っている。簡素な鎧と剣を背負う姿がしっくりと来る。


 その対面にヨトよりやや年上の少年が二人並んでいた。


 一人は目にかからない程度の金髪で、青い眼は少し驚いたふうにヨトへと向けていて、腰に横向きで剣をぶらさげ左手に盾を持っていた。


 もう一人は短い黒髪で、観察するような目つきをしており、長柄ながえの斧を背負っていた。二人とも似通った古びた軽鎧けいがいを着ていて、それは体格に比べてやや大きめのサイズなのか、少し不格好だった。


 最後の一人はヨトと身長が同じくらいで、毛先が跳ねた茶髪の少女だった。緑がかった瞳は不思議そうにヨトを眺めている。腰の左側面に短剣を差し、服こそヨトと似ているものだったが、目立った汚れもなければほつれもない綺麗な物だった。


 彼らは装備をまとっているが、自分は丸腰だ。


 ヨトは場違いな感覚を覚えたが、男は気にすることもなく注目を集めるために手を叩いた。


「よし、揃ったな。これから冒険者登録のための講習をする。俺のことは……教官と呼べ。俺はギルド職員だが、元は冒険者だ。冒険者としての知識は、一通りある。だからといって、一から十まで教えるわけじゃないがな。あくまで、冒険者に登録できる程度の知識と、武器の扱い方を教えるだけだ」


 教官はそう言うと、じろりと装備を着た少年二人の様子を見る。


「見習いにしちゃ、しっかりした装備だな」

「僕たちは父親が冒険者だったので……これはおさがりです」


 金髪の少年が嬉しそうに返事をした。黒髪の少年も続いて自慢げな表情を浮かべる。どうやら二人は元から知り合いだったらしい。


「他二人は武器の貸出が必要だな。これらは冒険者が使ってたお古だ。ぼろっちい見た目だが、整備しているからすぐ壊れるってことはないはずだ」


 教官がそう言うと複数の武器が立てかけらている壁を指す。対してくせ毛の少女はおずおずと手を上げて口を開く。


「あの、わたしは魔術で戦おうと思ってるんですけど……」

「魔術主体でも、武器の扱いは覚えておくべきだ。初めのうちは、魔力量も威力も不足気味だろうからな」

「なるほど……」


 ヨトはそんなやりとりを横目に見ながら武器を物色する。大きな剣に長柄の斧や槍。様々な武器は複数あって、そのどれもが細かな汚れや傷があり、確かに古びた武器と言えるものだった。


 どれを手に取ろうか、と迷うヨトに教官が近づく。


「お前、武器の訓練を受けたことあるか?」

「ない、です」

「なら最初は槍を使うといい」


 教官はそう言うと、槍の中でも短い物を選んでヨトに手渡した。用意された中で一番柄が短いものだったが、ヨトの体にはちょうどか、やや長いくらいだで、地面に突き立てると穂先がヨトの目線より少し上にあった。


 くせ毛の少女は自身の腕と同じくらいの長さをした剣を選んでいた。軽く構える姿が、慣れた様子をしている。短剣を持っていることから、もしかすると剣の扱い方をどこかで教わっているのかもしれない。


「簡単に使い方を教えてやる。槍の主な攻撃手段は突きと薙ぎ払いだ。ちょっと離れてろ」


 教官は壁の槍を手に取り前は右手、後ろは左手で握り、腰を少し落として半身に構えた。


 左手で槍を押し出し、右手の中で柄を滑らせていくつもの突きを繰り出す。白い光が真っすぐな線を作り、くうを裂いた音が鳴った。白い光が弧を描くと、空気の中を槍が唸る音に変わる。槍が、上下左右へと振り払われていた。


 ヨトの目では、それらの動きの全てをとらえることはできなかった。


「よし、お前も振ってみろ」


 教官の言葉に頷いたヨトは見よう見まねで槍を構える。槍の柄は木でできていて、握る感触は村にいた頃に鍬を握っていた感覚を思い起こさせた。


 それを誤魔化すように突きを繰り出した。槍は手の中で暴れてぐらつき、穂先は揺れ動く。続けて腕に力を込めて薙ぎ払う。槍は不安定に動き、気の抜けた風切り音が鳴る。


 全然、ダメだ。


 悔しさからヨトの顔が歪み、ちらりと教官を顔色をうかがう。


「次は腕の力だけじゃなく、体全体の力を意識して振ってみろ。足から手まで全部だ」


 教官は、さっきのヨトと似た動作で槍を振る。しかし、結果は全く異なり、槍は教官の手の中で暴れることはない。ヨトは槍の動きではなく、教官の体の動かし方に目をやり、にらむようにして目の奥に刻み込む。


 ヨトが再び槍を構える。意識を槍から体全体へと押し広げていく。深呼吸、息を吐くとともに槍を突き出す。そのまま勢いを殺さず薙ぎ払う。


「……悪くねえな。見習いにしちゃ、だがな」


 ぽつりと呟く教官の声よりも、ヨトは湧き上がる実感を味わっていた。槍に振り回される感覚と、槍を振り回す感覚はまるで違ったものだった。


「お前は、その感覚を忘れないために、体に刻み込め。ただし体力は残しとけよ。まだやることはあるからな」

「はい……!」


 ヨトはそのまま槍を振り続ける。教官は剣を持ったくせ毛の少女の方へと向かった。


 ひとしきり槍を振り、手の熱さと痛みにヨトが気付いたころには、他三人への武器の指導は終わっていた。槍の扱い方を十全に把握したわけではないが、少なくとも最初の情けない動きをすることはないだろう。


 教官が場を切り替えるために手を叩いて、地べたに腰を下ろした。


「さて、休憩がてらに座学だ。適当に座れ」


 ヨトたちは言われたまま地面に座り込んだ。ヨトは大きく息を吐いた。想像以上に体力を使ってしまっていたため、砂の上でさえ心地よかった。


「冒険者の等級について教えるが……この中で既に知ってる、ってやつはいるか?」


 はい、と金髪の少年が手を上げる。教官が目で促すと、得意げに口を開く。


「冒険者の等級は、大きく分けて三つ、金銀銅の等級に分かれています。さらにそれぞれが上中下の位に細分化され、合計で九段階あります」

「その通りだ」


 教官はそう言うと、懐から金属の小さな板を取り出し、何か文字が刻印された面をこちらに見せてくる。


「こいつは冒険者登録証だ。俺はギルド職員になる前、銀級上位だった。正確に言えば今もだが、余程のことがない限りは、冒険者として動くことはない」


 ヨトには読めないが、金属の板に書かれているのは銀級上位であることを示す証らしい。おお、と感嘆の声を漏らす金髪の少年と黒髪の少年の反応から、なんとなく、すごいものなんだなと分かった。


「だが、冒険者の本分は金級からと言っていい」


 今度は黒髪の少年が手を上げた。


「〈開拓〉に参加できるのが、金級下位以上だから、ですよね?」

「そうだ」


 教官の同意を得た黒髪の少年が、金髪の少年に視線を投げると、金髪の少年は少し苦笑するような表情を浮かべた。


 まるで競い合ってるような雰囲気だ。二人とも自前の装備を用意して、冒険者の知識を持っているということは、ヨトと違って前々から冒険者になろうと準備していたのかもしれない。


「冒険者とは本来、大陸の東側に広がる魔物支配地を開拓する者を指す。支配地には強力な魔物が棲み、それらが過酷な環境を創り出している。だが、その影響力を持つ魔物を討伐すれば、その地は人間でも住めるものに変えられる」


 グリムを含んだ周辺の村々が、まさにそうだった。冒険者が魔物支配地を潰し、西の国々から人々が流入し、その地を開拓して街や村を築き上げた。


「強力な魔物と過酷な環境に打ち勝てる、そう判断された金級こそが、真の冒険者だ。ギルドは、金級が増えることを願っている」


 教官は登録証をしまう。その言葉で金髪の少年と黒髪の少年は表情を引き締めるが、ヨトは心の中で生きていけるなら何だっていいと呟く。あまり興味は惹かれなかった。


「冒険者の武器は、何も剣や槍だけじゃない」

「魔力……?」


 くせ毛の少女がぽつりと呟き、教官が頷いた。


「魔力は生物であるなら、だれもが持っている力だ。俺たち人間はもちろん、動物に植物、そして魔物もだ」


 それはヨトにも聞き覚えがあった。生命力とは別の力がある、と。


「魔力ってのは、足りないものを補おうとする性質を持つ。例えば、重い物を持つ時には、無意識のうちに魔力で体を強化してる。そういった魔力が発揮する効果を、感覚的に行うことを魔法と言い、技術的に行うことを魔術と言う。魔法は個人の資質によって大きく左右されるが、魔術は技術さえ磨けば使用できる」


 教官は右手をさっと広げ、拳を作って力を込める。その少しの後、パッと開いて再び腕を組んだ。


「肉体強化の魔法は、大抵の人間が使える。強度に差はあるがな」


 ヨトの目には見えなかったが、おそらく魔法の実演をしたのだろう。


 ヨトは自身の手のひらを見る。槍を握っていた感触は今もまだ、痛みと共に残っている。もしかしたらさっきの素振りは、魔力での強化をしていたのかもしれない。


「魔術は、決められた手順を補助として使い、魔力の効果を効率良く引き出す技術だ。知識と錬度が大きく影響する。極端なことを言えば、勉強して練習すればだれでも使えるものだ。実際はそう簡単な話ではないがな」


 そう言うと教官は立ち上がり、つられてヨトたち四人も同様に立ち上がる。くせ毛の少女が、服に付いた砂を払う。


「今から街を出て、魔物と実際に戦う」


 ヨトの心臓が大きく脈を打った。むせかえる血の臭い、親しかった人たちの悲鳴と硬い物が砕かれる音、赤黒く染まった爪と牙。


「そう、怖がるな。弱い魔物だ」


 ポン、と左肩を叩かれヨトの視界に色が戻り、教官と目が合う。


 ヨトは、「はい」とかすれた声で返事をした。

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