五 終章 ドラゴンの渓谷
荒涼とした渓谷には壮絶な戦いの爪痕がそこかしこに残っていた。大きく抉れた岩の数々、崖の淵には巨大な爪痕のようなもの。焦げついた地層。
老師と少女はそれらの中を数日間かけて進み、ついにドラゴンの封印がされている祭壇にたどり着いた。
簡易的に作られた祭壇は、あまり高くはない丘の頂上にあった。丘を上がるにつれて、石造りの階段が現れ、階段を登り切った先には祭壇の本体があり、中央には人間の身の丈ほど大きな剣が刺さっていた。
二人はしばらく祭壇の前で、しばらく無言で立っていた。やがて少女が声を絞り出すように言った。
「あれが、ドラゴンを封印している聖剣...」
祭壇からは、聖剣を中心として淡い光が放たれており、少し陽が落ちたこの渓谷でも松明などは必要ないほどだった。
「剣に触れても良いですか」
「構わんよ。一応、百年分の封印の力が抑えているから、ポンと抜けたりはしないはずだよ」
老師は少し笑いながら言った。それに釣られてフッと少女も笑い返した。
少女は剣に向き直りながら、表情をいつものキリリとしたものに戻し、しかし所作は恐る恐る、手を伸ばした。
少女の手が剣に触れた時、剣からより強い光が放たれ、少女は光に包まれた。
少しの後、光は元の小さなものに戻り、少女はぺたんとその場にへたり込んだ。老師が駆け寄って声をかける。
「大丈夫かな」
少女は少し遠い目をした表情だったが、老師の声で我に帰ったように目をぱちくりとさせた。
「だ、大丈夫です。はい、でも、あの、感じたんです。何かを。とても多くの何かを。それで、あまりにすごくて、気がついたらぼうっとしてて」
少女は様々な感情を抱えてどうしようもなくなってしまった顔をした。話し方も、興奮しているのか、悲しんでいるのか、分からなかった。
老師はいつもの優しい微笑みに戻り、少女の頭をそっと撫でた。
かつて勇者がいた。その者は辺境の田舎で育ち、はるか東から来た老人と出会い、そして神の天啓により勇者として選ばれた。
勇者は仲間と共に見事ドラゴンを封印し、都に凱旋した。その後仲間たちは故郷へ帰ったが、勇者は都に残り、多くの時間を過ごした。
質素な生活を送っていたが、図書館で本を借りたり自分で買い付けに行ったり、知識を得るためには苦労や金を惜しまなかった。
時が過ぎ、勇者は老師と呼べる年齢になっていた。そしてひょんなことからまたしても旅に出ることを決意し、少女と共に再びこの地にやってきた。
多くのものを得たが、同時に多くのものも失ってきたような気がする。あるいは文字通り気のせいかもしれない。
多くのことがあった。それは時と共に徐々に薄れていっていた。しかし今回の旅でそれらは確かにあったものだということが、老師の胸には強く刻み込まれていた。
「老師様、どうかなされたのですか」
知らず知らず物思いに耽っていた老師を見て少女が少し心配そうに尋ねた。
老師はハッと我にかえり、
「ああ、やはり私も何か感じるところがあったみたいだ。物思いに耽ってしまっていたよ」
正直に言った。それを聞いた少女は小さく笑った。
「さて、少々名残惜しいが、一休みしたら都へ帰ろうか」
都に戻った二人は司祭に旅の報告をして、労いの言葉をもらった。
「長旅、ご苦労様でした。大変だったでしょう。帰ってこられて本当に嬉しいです」
司祭は二人に試練を終えた印として、特別に作られた小さなブローチを渡した。
旅から帰ってきて、細々した手続きの後、二人の別れの時が来た。
「老師様、今回の旅に同行してくださり、本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、同行できて光栄でしたよ」
そんなやりとりをした後、少女は老師に尋ねた。
「老師様、また会えるでしょうか」
「ええ、生きてさえいれば、会えますよ」
老師はいつもの優しい微笑みで少女に言った。少女はそれを聞いて、
「それでは、次に会うときは、友人として会えますね」
嬉しそうな声で言い、老師は一瞬ハッとした表情を見せ、
「はい、もちろんです、友よ」
より優しい微笑みに戻り、噛み締めるように言った。
After of The Dragon 木造二階建 @nikaidate
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