四 ドワーフの鉱山


 その鉱山は険しい山の合間にあった。洞穴の中にはランタンが照し、薄暗い通路が続いていた。

 ドワーフ族は神々にも一目置かれる存在だった。勇者に厄災を退けるための聖剣を作り、勇者に渡した。

 ドワーフは神代より神に捧げるための剣や兜を、アクセサリを作った。神々はそれらを喜んで受け取り、それらで大いに楽しんだとされている。

 彼らは厄災が舞い降りる度に、最も優れたドワーフが作る聖剣を人間の教会に納めた。勇者はそれを手にして、厄災のドラゴンを退治に出向き、彼は勇者と共に旅をし、聖剣の手入れをした。そしてドラゴンを倒すと、聖剣はドラゴンの封印のためにその地に突き刺された。ドラゴンが封印されている地には、必ずその聖剣は突き刺さっていた。

 今回の旅で聖剣を打ったドワーフは、今もまだ現役だった。聖剣を打てる弟子を育てるために彼は今日も鐡を振り続ける。

 老師と少女は薄暗い通路に足を踏み入れ、やがて明るくなっていく先をみやり、歩を進めた。

 ドワーフの長は、老師が来たことを知り、真っ先に迎え入れてくれた。

 男は客間であぐらをかいて、酒の入った大きなトックリを煽っていた。背はやや低く、長い口髭を生やしていて、気難しそうな目をしていた。老師と少女が薄暗いその部屋に入ると、つんとした酒の匂いがして、少女は少し咳き込んだ。

「おう、来たか」

 男はまた酒をあおり、ぷはあと息を吐いた。少女は少し怖気付いた様子でそれを見ていた。

 老師は男の向かいに座り、そばに置かれた盃を差し出した。男は何も言わずに老師の差し出した盃に酒を注いだ。その姿は数多の修羅場を潜ったもの同士にしかわからない何かを少女に感じさせた。

 少女はそろりと老師のそばに腰を下ろした。

「ドラゴンスレイヤー、君が尋ねてくるとは珍しい」

 男は老師と共に一口酒を口にして、そう言った。

「今回はちょっと、そうだね。少し思うところがあったんだ」

「そこのお嬢さんと、関係ありそうだ」


 男は見かけより察しが良いようだ。ギョロリとした目が少女を値踏みするように見ていた。少女はそれに気がついて、少し俯いた。

「ああ、すまん、そんなつもりじゃなかったんだ。珍しかったものでな」

 男は少女に謝った。少女は俯いた首をさらに傾けるように会釈して、顔を上げた。

 老師は自分のそばに置いてあった刀に手を伸ばして、男に差し出した。

「こいつを研ぎ直して欲しくてな」

 ギョロリとした目が老師の刀の方に向き、その目はさらに見開かれた。男は刀を受け取り、鞘から抜いて刀身を眺めた。まじまじと刀を見て、

「ふうむ、相変わらず上手く扱っているようだな。あの頃から変わらない」

 男は刀を丁重に鞘に戻し、自分の座っている傍に置いた。

「刃を見ただけでわかるのですか」

「それくらい分からないヤツは半人前もいいところだ。お嬢さんの世界にも似たような事の一つや二つ、あるんじゃないか」

「は、はい。確かに」

 少女は少し怯えた様子で頷いた。

 それを見たドワーフの男は少し慌てた様子で頭を下げた。

「いやいや、すまんすまん。なにぶん我々ドワーフは職人気質でな。愛想良くするのが苦手なんだ。先に謝っておくよ」

 と、不器用な苦笑いを浮かべた。

 それを聞いた少女は少しホッとした表情になり、

「いえ…」

 と遠慮がちに言った。老師はそれをゆったりした目つきで見ていた。

「最近はどうなのかな」

 老師はおもむろに口を開いた。

「ああ、なかなかだ。この所若いのがしっかり育ってきてる。まあ、俺ほどではないが、骨のある奴が何人がいて、鍛えてやってるよ。お前も今、同じようなもんだろう?」

 そう言ってドワーフの男は少女の方を見ながら、少しぎこちない笑みを浮かべた。それを見た少女は思わずクスリとしてしまい、その後すぐに申し訳なさそうな顔に戻った。

「ああ、こっちも老いぼれには勿体無い仕事をさせてもらっているよ」

「何が勿体無いだ。世界を救った勇者ともあろうものが」

 そう言って両者はハハハ、と短く笑い合った。


 老師と少女はこれまでの経緯を伝え、男はふんふん、と頷きながら聴いていた。

「なるほどな。これから先のことを考えると、武装の充実も重要だ。負けておいてやるから、適当なのを持っていくといい。そして、問題はこいつか」

 男は自分の側に置いた老師の刀を持ち、鞘から半分程度抜いてまじまじと見つめた。

「誰かそれを任せられる者はいるかね」

 老師は尋ねた。

「俺がやろう。こいつばかりはまだ若いのには難しいな。何しろドワーフ族に伝わっていないものだ。あんたの師匠がこいつを持ってくるまでは。あの時は俺も散々手を焼いたもんだ」

 男はそう言って目線を老師の方に送った。老師はかすかに笑った表情に見えた。

「老師様の御師匠と、お知り合いなのですか」

 少女が訪ねた。

「ああ、このドラゴンスレイヤーと出会う前からな。なんでも遥かな東から来たはいいが、刀の手入れをしてくれる者がいなくて困っている、なんて相談に来たんだ。その時は驚いた。こんな刃物がこの世にあるなんて、神々すら知らないんじゃないかと思ったほどだ」

 ふんふん、と少女は少し息荒げに聞き入っていた。

「なんでも、刀の打ち方や研ぎ方は知り合いに教えてもらったが、自分じゃ全然できないなんて言うからよ、まずは話を聴きながら試しに打って、研いでみて、ようやくなんとかなったんだ」

「昔から、そういうところがあったね、私の師には」

 男と老師はやれやれといった感じで、しかしどこか感慨深そうに話していた。

 その後しばらく雑談を続けていた三人だったが、少女が話題を切り出した。

「あ、あの、ドワーフさんが聖剣を作られた時は、どのような感じだったのですか? と、いうより、それらはどうやって作られているのかな、と思いまして」

 男と老師の目は少し驚いたように少女を見たが、すぐにそれらは優しいものになった。男の目には職人の炎のようなものが宿っていたが。

「ああ、そうか、今の子らは聖剣をまだ見たことがないんだったな。なにせ百年ごとにしか作られない」

「はい、ですので、ぜひお話をお聞かせ願えれば、と」

 男はのっそりと起き上がって、にやり、と笑った。

「いいだろう。聖剣そのものはこれから見にいくんだろうが、そういった物の作り方くらいなら、見せられるぜ。少し工房を整理しておくから、明日、二人で見にくるといい」

「ありがとうございます」

 少女は一度立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。

 翌日、少女と老師はドワーフの工房を尋ねた。

 ドワーフの工房は数ある洞窟の中の一つに、幾つもの部屋があり、部屋ごとに工房がいくつかまとめられていた。

 少女は老師の後ろで慎重な面持ちと仕草で、あちこちを興味深そうに見ていたが、老師から離れることはなかった。

「工房は熱い金属を扱うから、むやみに動くと危ない。私の後ろを離れないようにね」

 と言われていたからだ。

 工房が近づくにつれ、熱気と、金属が溶けた独特の匂いがし、ハンマーで金属を叩く音が大きくなって来た。工房の一室の入り口には、彼らが作った武具、装飾品などが棚に並べてあり、その見事な出来栄えは、少女が思わずため息をつくほどだった。

 工房の壁や柱は鉄や石を加工した物でできていて、いかにも堅牢な作りだった。ところどころ、鉱石を削り出して独特の、かつ美しい模様が描かれた部分もあり、それらは彼らの取り柄が堅牢さだけではないことを物語っていた。

「すごい熱気ですね」

 工房に入るや否や、溶けた金属やそれを溶かすための炉の熱気が一行を包んだ。

 炉から出したばかりの溶けた金属をアンビルに乗せ、ハンマーで叩く多くのドワーフ達は、一心不乱にそれと向き合っていた。金属はハンマーで叩かれる度に火花が大きく飛んでいた。

「あ、あれは熱くないのでしょうか」

 少女は驚いたように老師とドワーフのどちらに向けたとも言えない声をかけた。

「ああ、熱いよ。でもだんだんとそれが当たり前になってくる」

 少女はそれを聞いて一層驚いた顔をして彼らを見ていた。



 工房を一通り見て周り、二人は工房の入り口に戻ってきた。ドワーフの長は老師の刀の手入れの最中だったが、この工房に姿は見られなかった。少女の額には汗が滴っていた。

「どうでしたかな、ドワーフの工房は」

「はい、すごかったです。あんな暑いところで、武具や装飾具があんなふうに作られているなんて知りませんでした。私のこの錫杖も、ドワーフの職人さんによって作られたと聞いています。感謝しないとですね」

 老師の口角が優しく上がった。

「さ、熱気でしんどかったでしょう。戻って水でも飲みましょう」

 老師が言うと、少女は安堵の表情を浮かべ、

「はい、実はもう喉がカラカラで」

 と言って苦笑いした。

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