四 腕試し
少女が先頭に立ち、少し離れた後ろから、老師をはじめとして大司教、そしてもしもの時にと雇われた冒険者二人。
少女の顔にはやや焦りの色が見えていた。
少女が対峙していたのは一体の魔獣。四足歩行で、鋭い牙を持ち、前脚には強力な爪がある、狼に似た異形の魔獣だった。
少し前、一行は森のさらに深くに入った所で魔獣と遭遇した。
少女は待ってましたと言わんばかりに飛び出して、
「さあ来なさい、少しかわいそうな気もしますが、これも修行の一つ。私の実力をみなさんに見せて差し上げます」
その声は躊躇いや恐れの代わりに自信が込められたものだった。
魔獣はその力強い声に反応し、意識を少女に向け、臨戦体制に入った。少女の声を圧倒する咆哮を発し、すぐさま少女に飛びかかった。牙と爪の直撃を受けたらただではすまない。
少女は錫杖を掲げ、祈りの白魔法を念じた。
魔獣の爪が少女を切り裂かくかという寸前、少女の周囲にうっすらと虹色に光る壁が現れ、魔獣の爪を弾き飛ばした。少女は体勢を崩した魔獣の後ろに素早く回り込み、距離をとった。続けざま、魔獣が体勢を立て直す前に、再び錫杖を掲げた。今度は錫杖から壁ではなく、同じく虹色をした球体が飛び出した。球体は魔獣をめがけて一直線に飛び、炸裂した。魔獣は大きく吹き飛び、地面に体を打ち付け、うめき声をあげた。
少女は一行の方に振り向き、どうだといわんばかりの表情を見せた。
「すごいな。防御も攻撃も、並みの冒険者じゃ歯が立たないくらいだ」
ロングソードを持った男がうなるように言った。
「ああ、だが」
大剣を持った男が低い声で呟き、剣に手をかけた。
「まだ終わっちゃいないようだ」
少女が不穏な様子に気づいて振り向くと、魔獣は獰猛な本能をあらわにした顔つきで少女をにらみつけていた。周囲のものすべてを威圧するような咆哮をあげ、魔獣は再び少女に襲い掛かった。
素早く防御魔法を展開する。再び虹色の壁が現れる。魔獣の爪と牙は壁にはじかれることなく、食い込むようにしがみついた。
「ぐうう」
少女は祈りの力を強め、やっとの思いで魔獣の攻撃をしのいだ。
魔獣は素早く体勢を立て直し、もう一度咆哮を上げた。
「まずいな、押され気味だ。加勢に入ろう」
二人の冒険者はそれぞれの剣を構え、少女の加勢に入ろうとした。
「はっ!」
鋭い声を上げたのは老師だった。魔獣を含め一同が老師の方を見た。
「皆さん、私の後ろに」
言われるがまま、一同は素早く老師の後ろに回りこみ、老師と魔獣が対峙する形になった。一瞬ひるんだ魔獣の意識は老師に向かい、ガルルと唸り、とびかかる体勢を整えた。
老師は左手を刀の鞘にもっていき、カチンと鯉口を切った。そしてさっきの鋭さが嘘のようなゆるりとした所作で構えた。
魔獣は例によって一足飛びに老師に飛び掛かり、爪と牙が一瞬にして老師に迫り、直撃したかに見えた。
老師の体は魔獣をすり抜け、両者はすれ違った。老師の刀は抜かれ、小さく振りぬかれていた。一瞬の静寂の後、老師が刀を鞘に納めるのと魔獣が倒れこむのは同時だった。
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