第3話 葛藤

(なんだって……)

 

 戦況はあまりに一方的だった。

 ヴェスピリアの艦隊は敵機の動力を奪い、身動きできなくなった彼らの戦艦に乗り込み、敵を次々捕縛した。

 ラディリアスと副官であるヘイリーが女王の元を訪れ捕虜を見にいくと、なんと言うことだろう、兵士は食事の真っ最中であった。

 爬虫類型異星人である捕虜が頭からバリバリと食われている。 


『最近新鮮な肉が手に入らなかったゆえ、我慢できなかったようだ。そなたの兄君……陛下には内緒にしておいてくれないか?』


 言葉を失ったラディリアスの隣に女王が立った。


『この身体、定期的に生の血肉を摂取せねばまともに動けんのだ。先日は同盟国である手前、加熱したものを食しておいたが……大丈夫か、顔色が悪いぞ』


 先日の女王の言葉を思い出す。

 彼らが納得できる資源を提供できなければ、これは自分達の未来の姿だ。すなわち餌である。


「すみません、見慣れていないもので」

『嫌なものを見せたな』


 別れ際、女王は口数も少なく、その後ろ姿はどことなく気落ちしているように彼の目に映った。


 兄はなんて危険な相手と同盟を結んでしまったのか。

 なぜ自分は彼らに拾われたのか。そして生き残ったのか。


「女王はお前を所望している」

「なんですと?」

「それが元々の条件だ。お前を気に入ったらしい。婿に欲しいと」


 自分が寝ている間になんていうことを決めるのだ。

 玉座の兄はもったいぶったように足を組み直した。


「しかしあの女王、存外に優しいな。お前が嫌だと言ったら別の男でも構わんと仰せだ。だが……わかるな?」


 ラディリアスに拒否権はない。この男は部下を皆殺しにするとかなんだとか言い始めるだろう。そういう男だ。従順な臣下だと礼を尽くしてきたのにこのざまか。

 彼は部屋を辞して自室に戻ってのち、笑った。

 笑うくらいしか、彼にできることは残されていなかった。


***



『本当にそなたが来るとは思わなかった』

(指名しておいて何を言うんだ……)

『あの食事の光景を見てよく来た。もうそなたとは話すこともないだろうと思っていた』


 表情は何一つ読み取れなかったが、女王は驚いているように見えた。 


 ヴェスピリアの移民船内に足を踏み入れたラディリアスは言葉を失った。

 ビルのような建物が立ち並び、まるで人間と何一つ変わらないような住居が存在している。

 植物が生え、小川の流れる緑地もある。完璧なバイオ型の船である。

 中央に泉の湧く広間があり、それが地中に潜ったのちに各家庭に流れていくと説明を受ける。

 上を見上げると、天井には空のようなホロ映像。疑似恒星の輝きに目を細める。

 城に入りさらに驚く。

 (なぜだろうか、こんな椅子に彼女らは座れないはず……)

 ベッドも椅子も、それから机も。風呂場や水道など、全てのものが自室に揃っていた。


『ゆるりと過ごしてほしい、明日は広間で儀式を行うゆえ。食事は人間のものを届けさせる』


 女王はラディリアスを部屋に案内すると、侍女と兵と紹介してくれた二人を引き連れて去っていった。


 自分は食われるのかそれとも改造でもされるのか。

 だが、こんな部屋を与えられたくらいだ。食われるなんて正直考えにくい。

 婿と言われたくらいだ、子作りを迫られるのだろうか?

(いやいやいや無理だろう無理無理)

 もっと遊んでおくべきであったと後悔した。

 ラディリアスは女性と関係を持ったことがほとんどなかった。

 兄に子ができる前にもしも自分に子ができたら、兄が何をするか容易に想像ができたからだ。


 その後運ばれてきた食事は自分の好物であった。

 鶏肉のような何かは実際口に入れると鶏肉そのもの。濃厚なレモンとバター風味のソース。ボイルした野菜。それからパン。

 添えられた白ワインのような風味の酒。


 異星人の船にいることを、ほんの一瞬だが忘れられた瞬間であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る