iVy

かほん

第1話

 寒い。そう思った。

 すでに5月の半ばを過ぎて、気温は深夜でも20度は超える。

 だが寒い。

 自宅のバルコニーから室内に移った。室温計は23度を指している。

 なのに寒い。

 いや、正確には暖かさ、というものを感じないのだ。理由は、大体わかっている。ちょっとしたゲームのためだ。7人で行う遊戯。7人の参加者に”死”を押し付け合う遊戯。

 そうだった、今はそれを行っている最中だった。緊張感からかコンセントレーションをうまく維持できない。

 ”死”を押し付け合うというのは、文字通り相手を殺すことだ。但しルールがある。自分の手を汚さないこと。相手が自ら死ぬのを止めないこと。2つを守れば何をしてもルール違反とはみなされない。

 因みにルール違反した場合にどうなるか、私にはよくわからない。私がこのゲームサークルに入会してからルール違反を犯した人は出ていないから。

 とはいえ、すでにゲームは終盤だ。残っているのは、私と、『森野佳子』という女だ。まぁ、名前から私が勝手に女性だ、と思っているだけなので、実際は違うのかもしれない。

 私は考えあぐねいていた。他の5人を殺すため、いくつか手を打ったのだが、そろそろ品切れだ。しかも森野の手がなにか私には感応出来ない。

 先程、ネクロドロイドを一体、森野のところまで使いにやったのだが、あっさり見破られ破壊されてしまった。やはり金属むき出しのボディのままだったのが悪かったか?せめて光学迷彩を施すべきだったか?しかし、自爆覚悟のドロイドに光学迷彩を施すのはもったいない。いや、金銭的にもったいないのではなく、技術の知的損失がもったいないということだ。なら普通に服でも着せればよかった。ただあれは……カーストにマッチした着こなしをさせなければ、すぐにバレてしまう。それはいけない。

 第一、私はすでにドロイドを使う選択をしてしまった。二度目は無いだろう。

 

 「寒いな」


 思わず声に出る。

 《室温の再設定をいたしますか?》

 住環境管理システムの【iVy】が反応してしまった。

 「10度上げてくれ」

 《了解しました》


 まもなくエアコンがフルパワーで稼働する音がしたが、寒気はちっとも取れなかった。エアコンが壊れたか?それとも【iVy】が壊れたか?

 「iVy、環境ソフトを立ち居上げてくれ」

 《了解しました》

ウォールディスプレイに投射されたのは、冬の知床半島、流氷、雪吹雪だった。くそ、ろくでもないものを映す。

 「iVy、もう止めてくれ」

 《了解しました》

 iVyは答えるがディスプレイに映し出された冬の景色は止まらない。くそ、販売会社にリコールを入れてやる、もし生き残っていたら。

 私は仕方がないのでサウナに入ることにした。サウナはちっとも稼働していない。しばらく待ってもう一度入り直すとようやく熱い蒸気がサウナ室に立ち込めた。

 だがおかしいな、今度は温度の上昇が止まらない気がする。私は慌てて温度計を見たが、95度をひょうじしていた。

 いや、おかしい。サウナ室の扉が開かない。私は、、、私は、

 

 その男の死は、すぐさま通知された。

 【森野佳子】はそのメッセージをうけると、小さく笑った。

 「あらあら、まさかiVyに殺されるなんてね」

 「iVyに仕掛けなさったので?」

 ふふ、と笑い「あら下品よ、そんな物言いするなんて」


と答えた。

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iVy かほん @ino_ponta

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