第3話
そいつが近所にまで来ていると思うと、家にいても落ち着かなかった。同じ記事を何度も見て、犯人を想像した。会社のエントランスにはセキュリティがあるから、誰でも入れるわけではない。ということは明らかに社内の人間だ。
防犯カメラを見て犯人を特定したいが、うちのオフィスには防犯カメラがついていない。廊下にはついているのだが、経費の関係なのか仕事をしている場所にはついていないのだ。
もし、俺を貶めるためにやっているとしたら、実はロリコンだとか、もっと変な記事を上げるだろうけど、大袈裟な記事のせいで俺が偽セレブのように写っている。たまにコメントに『それは〇〇じゃありませんよ。本当に買ったんですか?』と書かれていることがあった。
そして、『もしかしたらリアルで知り合いかもしれません。〇〇の部長ごときでよくそんな生活できますね』とも書かれていた。こういうのが一番恥ずかしい。俺の同級生は富裕層が多いから、普段から金持ちぶるのは控えていたのに。
そのなりすまし野郎は承認欲求の塊のような人で、フォロワーを増やしたいらしく、コメントも気を使っているようだった。女性のフォロワーのページに行ってコメントを残したりもしている。それなら、おっさんより若いイケメンの方がいいと思うのだが、社会的地位のある人にしたかったんだろうか。もしかしたら、女性を引っかける為のアカウントじゃないか。犯人像がいろいろ浮かんで来ては消えて行った。
『新入社員のかわいい女の子と二人で飲みに行きました。二十代の子が好きそうなお店を選ぶのに悩みました』
『おしゃれな店ですね。全然イケてますよ!』
新入社員のかわいい子と言えば、〇〇さんだ。これはまずい。俺は青くなる。〇〇さんに嫌われてしまうじゃないか。それに、人事の人が見たらどうしようか。今まで社内の女性と付き合ったことは一度もないが、告白されたり、風の噂に俺のことを気に入っていると言う話を聞いたことが数えきれないほどある。しかし、社内で付き合うと別れた時に面倒なので、一度もそういう関係になったことはなかった。若くてかわいい子と飲みに行ったなんて書いたら、フォローの女性たちからは反感を買うだろう。誰目線で書いているのかわからなくなって来る。書いているのが男だから、ついつい自慢したくなってこういうコメントになっているのだろうか。
しかし、一方で女性受けを狙った投稿も多い。妙に美容やオーガニック食品、スイーツに詳しくて、同世代の女性なんじゃないかという気もして来た。
もしかして、その人はインスタをやることで、いつか俺に気づいて欲しいのかもしれない。同じ部に独身の女性が何人かいる。俺は一人一人の顔を思い浮かべてみたが、そのうちの誰がやったとしても、嬉しいとは思えなかった。はっきり言って気持ちが悪い。
オフィスのメンバーが次々と脳内に浮かんでは消えて行く。
みんな俺に気を使っているが、陰では悪口を言って笑っているんだ。
今のままでは会社に行きたくない。
しかし、行かなかったら負けになってしまう。昨日、食事に行ったA君だって、俺がインスタのなりすましにショックを受けて会社を休んだと、周囲の人に言うかもしれない。
もしかして、A君が犯人なんじゃないか。欲のなさそうな顔をして、俺を蹴落として出世したいんだろうか。俺があんなインスタをやっていたとしたら、もっと早く耳に入ってもおかしくはないはずだ。何年も続いていたなんておかしい。
もしかして、部内のチームがグルになって俺を貶めようとしているんだろうか。あんな大量の記事を一人で書くのは無理だ。大体、部下に好かれている上司なんて滅多にいない。俺だってそうだと思う。だからと言って、俺が婚活中だと言うことをネットで晒すことはないだろう。
絶対、目にもの見せてやる。俺は復習を誓った。翌日会社に出勤すると、人事に連絡して、社内の誰かによってインスタのアカウントを勝手に作られたと知らせた。そして、机を勝手に開けられたことや、机の上を写真に撮られてネットにさらされたことを打ち明けた。これで、防犯上もリスクがあると言うのが伝わったと思う。
しかし、運の悪いことに、Facebookがすぐに対応してくれ、相手のアカウントは翌日停止されてしまったのだった。これでもう証拠の投稿や写真を見ることができなくなってしまったわけだ。俺は馬鹿だったから何も残していなかった。
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