16

 天界に住まう天使には絶対遵守の掟がある。

 その一つを犯した女性天使『ロカエル』を見て憂いの表情を浮かべた男性天使『ユガエル』は問おうとする。ただ紡ごうとすればするほど言葉は喉奥でつかえ、そのまま落ちていく。

 ロカエルはそんなユガエルに苦笑を見せる。

「君だけには知られたくなかったな……」

 赤く染まった天使の輪に手を添えて、藍色の目がユガエルを見る。彼はその目が少なくとも嫌いではなかったが、憂いを帯びた目はいつもよりも青が濃いような気がした。

「ロカエル、貴女は……」

「君が」

 ロカエルが溢す。

「君がいるだけで良かったのに、それ以上を欲張ってしまった」

 ユガエルの心が騒ぐ。

「君とずっと一緒にいたい」

 燃える。

「君を独り占めしたい」

 燃える。

「君に、愛してもらいたい……と」

 燃える。

「馬鹿な話だろう? 天使が犯してはいけない禁忌をこの身に宿し、あまつさえ君すら堕とそうとしたのだから」

 自嘲して、ロカエルはユガエルに再度目を向けた。

 そして驚愕し、数瞬を経て藍色の両目からぼろぼろと大粒の涙を溢す。

「ユガエル……っ」

「貴女のせいです」

 ユガエルの頭上にあったはずの純白の光輪は、燃えるような深紅になっていた。それはつまり、彼女と同じように禁忌を犯したということになる。

 ユガエルはどうしようもない愛を思い、言った。

「貴女にそんなことを言われたら、私は、抑えられない」

「嗚呼。嗚呼っ。すまない、ずるかったね……!」

「責任を持ってずっと一緒にいてください」

「勿論だとも。一緒に堕ちようか。どこまでも、共に」

 二人の輪は距離を縮める程に燃え、そして焼け落ちた。




『天使は、愛情を抱いてはならない』


『抱けば、人の身に堕ちるのみ』

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