8
夕焼けが街を染めていた。魔法の時間が世界を黄金と赤に染めている。俺はそれを見下ろせる高台に立って、腰にある軍刀の柄に左手を添えた。抜くわけではなく、大丈夫かと問うように左手を添えた。声は聞こえないけれど、左手の中で「覚悟は決めている」と伝わった気がする。
その時だった。
「真田っ」
声の主、丹羽は制服を乱して、肩で息をしている。どうやら走ってきたようだ。それも仕方ないか、と小さく笑い、向き直った。
「よう」
「ようじゃない、どういうことなんだよ、あれ」
「手紙に書いた通りだ。俺は、」
今になって決めた覚悟が震える。その震えを圧し殺して、言葉を。
「俺は帝都へ出ることになった」
丹羽が信じたくないという表情をした気がする。
俺はそれすらも黙殺して、道化師が如くおどけるように笑って見せた。
「どうやら俺には新兵器への素養があるらしくてな、搭乗者として正式に訓練を受けることになる。そのために帝都へ行くんだ」
「訓練って、それは!」
「……わかってるよ。記憶がなくなってることだ」
……新兵器はその特性上搭乗者と兵器を完全に接続するために搭乗者の脳を電脳にする必要がある。それは兵器として『生まれ変わる』ということであり、これまでの自分は死ぬということでもある。
「だから、お別れだ。丹羽」
丹羽は涙をこらえようともせず首を横に振る。
「いやだ、嫌だっ! なんでお前ばっかり、そんな、ひどい目に合わなくちゃ行けないんだよ!」
駄々をこねる子供のようで、少し笑ってしまった。お前には迷惑ばかりかけてしまっているな。でももう決めていることだからと、丹羽を諭すように言う。
「怒らないでくれよ。俺はもう覚悟を決めてるんだ。……お前を、お前たちを守れるなら、何も惜しくなんてない」
この命さえも。
とはいっても……と咳払いをして、後悔を思う。
「ただ、俺もやり残したことがないわけじゃなくてな」
丹羽に近づく。大粒の涙を流しながら心臓の上を握る俺よりも少し身長の低い丹羽をそっと抱き締めた。
「朝まで、俺と共にいてくれ」
「っ、朝までじゃなくて、ずっと、ずっと……! もっと、一緒に!」
「……そうだな」
胸に抱き締める丹羽は俺の胸を叩く。拳を強く握っているのに、その叩く力は弱々しくて、やはり俺が決めた覚悟に間違いはなかったと思考する。
怒らないでくれ。お前を置いて行く俺を、お前と共に在れない俺を許してくれ。
夕陽が沈む。魔法が解けていく。
せめて俺を、忘れないでくれ。
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