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その瞬間だけは、世界には僕と彼女だけしかいないような気がした。舞踏会だというのに周囲で踊る誰も彼もが消えて、ただ二人きりの世界だった。豪奢な内装も、絢爛な装飾も、オーケストラの壮大な音楽ですら僕たちだけにあてがわれたもののような気がした。
そして何よりも。何よりも、彼女と踊るこの時間だけは永久に続けと願わずにはいられなかった。
ステップの度に揺れる髪から淡くて切ない香りが、絡めた指先から伝わる冷たさと仄かな熱さが、美貌を消せぬ顔に纏わせたアンニュイな表情が、彼女の全てが僕に焼き付いていく。焼き付いた全てが僕を焦がして、焦がれていく。
彼女以上に美しいものを僕は知らなかった。
だがここで「美しいね」などと言葉にしてしまうと、途端に全てが終わってしまいそうだったし、僕の持つ陳腐な言葉で表せるほど、彼女の美しさは簡単なものではなかった。
曲が終盤に差し掛かる。バイオリンの音色が二人きりの空間を引き裂いていく。
この時間が永遠であれ。それが不可能ならば、この刹那で世界が終わってしまえ。そうやって世界を呪ったときだった。
彼女の手が僕の手を強く握った。
我に反って彼女を見る。美貌の隙間に、縋るような表情が見えた。見間違いではなく、確かに僕は見たのだ。
深く蒼い瞳が揺らいでいる。唇を動かそうとして、真一文字に結んだ彼女が何を言おうとしたのかはわからないが、少なくとも僕の心を決めるには十分だった。
彼女の手を強く握り、走り出す。
永遠がないのなら、せめて一秒でも長く彼女と共にいれるように僕の全てを尽くそう。
舞踏会を走り抜ける。着いて走る彼女が、手を強く握り返した。
僕たちは、二人だけの世界を作るために飛び出した。
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