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「先生」

恋人の愛車の助手席に乗って、僕は呼ぶ。

「先生は止めろ。卒業したろ」

むず痒そうに目を細めた日奈子は珈琲を飲もうとした。ただ僕はこっちを気にして欲しくて反撃する。

「では日奈子」

「んぶっ!?」、珈琲を噴く先生。

口回りを拭きながら、恨めしそうに僕を見た。

「……急に名前で呼ぶな、芦屋」

「先生は駄目だったので」

「だからって急に。心臓が止まるかと思ったぞ」

「慣れてください。結婚したら名前呼びになるんですから」

「け!?」

結婚という単語を出され、やはり狼狽える。

ハンドルに顔を埋めた先生を僕は横目に、遠くの夜景を見た。光は僕に色彩を見せてくるが、その光が今は少しだけ嫌だった。言葉を落とす。

「僕は貴女と結婚したいです」

視界の端で先生が動く。でも先生に今のこの、泣きそうな顔を見られたくなくて、俯く。

なのに言葉は止まらない。

「貴女が好きです。誰よりも」

嗚呼、

「この先恋愛できなくてもいい。僕の一生分の想いを、貴女にあげたい。貴女が好きです。だいすきです」

言葉も、涙も。

「あいしています」

愛を伝えた。刹那、体が引き寄せられる。痛いくらいに体を締め付けられて僕は気付く。

抱き締められているのだ。

「すまない。君にそんなことを言わせるつもりはなかった。私は、」

「先生」

呼んで。

「すきだよ」

伝えきれない想いが溢れる。

「許してくれ」

それが何に対するものかわからなかったから刹那だけ戸惑った。

「私がこれからも君を傷付けてしまうことを、君の一生分の想いを貰うことを、私が君の隣にいることを……君と私の全てを」

言葉は夜景のどれよりも鮮烈だった。忘れられず、忘れたくなかった。

キスは、珈琲の味がした。

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