3
「先生」
恋人の愛車の助手席に乗って、僕は呼ぶ。
「先生は止めろ。卒業したろ」
むず痒そうに目を細めた日奈子は珈琲を飲もうとした。ただ僕はこっちを気にして欲しくて反撃する。
「では日奈子」
「んぶっ!?」、珈琲を噴く先生。
口回りを拭きながら、恨めしそうに僕を見た。
「……急に名前で呼ぶな、芦屋」
「先生は駄目だったので」
「だからって急に。心臓が止まるかと思ったぞ」
「慣れてください。結婚したら名前呼びになるんですから」
「け!?」
結婚という単語を出され、やはり狼狽える。
ハンドルに顔を埋めた先生を僕は横目に、遠くの夜景を見た。光は僕に色彩を見せてくるが、その光が今は少しだけ嫌だった。言葉を落とす。
「僕は貴女と結婚したいです」
視界の端で先生が動く。でも先生に今のこの、泣きそうな顔を見られたくなくて、俯く。
なのに言葉は止まらない。
「貴女が好きです。誰よりも」
嗚呼、
「この先恋愛できなくてもいい。僕の一生分の想いを、貴女にあげたい。貴女が好きです。だいすきです」
言葉も、涙も。
「あいしています」
愛を伝えた。刹那、体が引き寄せられる。痛いくらいに体を締め付けられて僕は気付く。
抱き締められているのだ。
「すまない。君にそんなことを言わせるつもりはなかった。私は、」
「先生」
呼んで。
「すきだよ」
伝えきれない想いが溢れる。
「許してくれ」
それが何に対するものかわからなかったから刹那だけ戸惑った。
「私がこれからも君を傷付けてしまうことを、君の一生分の想いを貰うことを、私が君の隣にいることを……君と私の全てを」
言葉は夜景のどれよりも鮮烈だった。忘れられず、忘れたくなかった。
キスは、珈琲の味がした。
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