錢海月(ゼニクラゲ)

 2030年代初頭、日本を含む世界各国で個人番号届出による金融口座の把握と金融資産に対する課税が制度化された。

 この各国の動きや取組みを、”グラッパ(grappa)”という。

 グラッパは葡萄の搾りカスから精製される酒を意味し、これを断行する各国政府は富裕層から”グラッパに酔っている”と揶揄された。

 このグラッパの施行後、真っ先に起こったのは富裕層によるタックス・ヘイブンへの逃避であった。自身や親族一同で税率が低くグラッパを行っていない国に移住する者が相次いだ。 

 当時タックス・ヘイブンとして有名であったのはヒマラヤの小国”カムライティン”であったが、2034年4月に近隣諸国によるラダック・アクサイチン領土問題に端を発する虎龍危機が発生。要衝を有するカムライティンに2つの大国が侵攻し、移住者を含む多くの者が命や財産を失った。

 日本からの移住者も多く死傷したこの事件は、1997年の在ペルー日本大使公邸人質事件以上の衝撃を日本国民に与えた。

 その後多くのタックス・ヘイブンは先進国やIMF・OECDなどの国際機関による勧告を受け、税率の改定(引き上げ)や社会保障番号による資産管理システムを導入。

 2035年以降、日本国内においても、富裕層の”タンス預金”が社会問題化。

 それと同時に、日本を含む世界各地で大多数の貧困層による強盗や暴動が発生。

 預金を個人番号の提示なしで預かる上、厳重な管理を行うことを謳い預金業務に特化した”闇銀(ファスト)”が出現した。また、政府に管理される送金システムに依らない、インドのハワラのような信用決済業者が登場する。

 こうした裏の金融機関ファストに対して正規の銀行などの金融機関は”フォーマル”と呼ばれ差別化され、公的金融機関からファストに資金移動する富裕層は年々増加した。

 政府による規制と、その盲点を突くファストの対応は2040年ごろにはイタチごっこの様相を呈していた。

 ファストの預金を警備する要員(用心棒・バウンサー)は欧米では金を抱く怪物になぞらえファフニールと呼ばれる一方、日本国内では各地のファストを点々とし、報酬次第で雇用主を乗り換える者が多いことから”錢海月(ゼニクラゲ)”と呼ばれている。

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