第3話 「浪人生」ヨハネス

「なるほどね、ところで何度言えばわかる?私の名前はヨハネスだ。」

 ドニという男はどうやら一定以上の長さの名前は覚えられないらしい。と分かりながらもヨハネスは訂正を繰り返した。


 「ヨハネス」という単語をドニが正確に発声することよりも余程大事なことをドニが知っていることについてはヨハネスは我慢がならなかった。

 だがしかし、このドニは昨日の晩にヨハネスよりも間近に浮遊城の墜落を見ていた。

 ドニが言うには彼が監視していた浮遊城は急に浮力を失い、ひっくり返って大地に堕ちたらしい。ヨハネスは彼が昨日、遠眼鏡で見ていた浮遊城の様子と合わせて、更に詳しい状況を推察した。さらに状況を確かめるためにはヨハネスは多少のイラつきは我慢して、ドニの話を聞いていくしかなかった。

 幸い、ヨハネスは優先順位の分かる男だった。


 数十分でヨハネスはドニの話から昨晩の事象の仮説を立てた。

 浮遊城はその位置を固定するために錨のようなものを大地に降ろしている。昨晩の浮遊城はその錨と自身を繋ぐ鎖のようなものを何本か断たれたのだ。

 数本残された鎖によって城が大地に繋がれたまま、浮力で上に向かおうとする力が働いたために城郭が傾き、バランスを崩して墜落したに違いなかった。


 果たして、その程度の異変で浮遊城が堕ちるのだろうか?とか、そもそも誰が「鎖」を断ったのか?など、解決しない謎はあったものの、ヨハネスはこの浮遊城の転落は好機だと感じた。

 一定以上力の強い魔物がこの世に顕現し続けるためには、魔王の存在が必要だという話はどうやら本当らしい。その魔王が今、軍勢のほとんどを魔王城の守りに充てなければならないほど、弱体化しているに違いなかった。魔王の軍勢や浮遊城がこの地に顕現し続けるためには弱った魔王の身を守らなければならないのだ。浮遊城が顕現して以来、魔王がそこまで弱るのはこれが初めてだろう。

 浮遊城が顕現した場所も、錨を降ろした場所もこの王国の領内だった。この王国は過去に魔王討伐のための「勇者」を何組か派遣している。ただ、その勇者は魔王の元に至る前にあっさりと魔物に倒されたらしい。

 魔王討滅が為されなければ王国は滅亡し、魔王軍が地上に展開するための橋頭堡にされる。それを阻止するために魔王討伐だったが、「勇者」を失ったこの王国の軍勢は野戦でも籠城戦でも魔王の軍勢に負けていた。

 魔王が弱るような機会は今までになかったのだ。


 このヨハネスの説を立証するためには幾らかの実験が必要だったし、完全に立証されるのは魔王を斃した後にだろう。

 もしもヨハネスが弱った魔王を討滅して、あわよくこの説を立証できれば、ヨハネスは8年にもわたる浪人生活を終えられるかもしれない。試験なしで王立の大学に入学できるかもしれない。正攻法ではなく「裏口入学」にはなりそうだが、長年、浪人し続けた苦難に終止符を打てるかもしれない。とヨハネスは身を震わせた。

 魔王討滅の英雄に褒賞をくれるであろう国王は数週間前に王国軍が野戦で魔王の軍勢に負けた後、国外に脱出していたので存命だ。

 仮に魔王を討滅できなくとも、攫われた王女の奪回だけでも大戦果だ。


 ヨハネスは生き残った王城の兵士の士官を探すためにドニを誘った。ヨハネスが浮遊城の落下地点に正確に向かうためには彼の案内は必須だった。

 ヨハネスの明晰な頭脳は魔王討滅に必要な戦力を叩き出すために計算を始めていた。ヨハネスは彼の計画で最も大事なことを失念するほど、頭脳のリソースを集中していた。


 彼が入学しようとしていた大学はつい先日、壊滅して瓦礫の山と化していた。

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