第19話 イベント失敗:Case2(1)
「お嬢様」
「……なに?」
ある日の昼下がり。
キャロラインは執事の声に顔をあげた。
先日の茶会の件でふて寝していたせいかその髪はボサボサでとても皇太子の婚約者にふさわしい姿ではない。
「お嬢様宛てに皇帝陛下からの召喚状が届いております」
キャロラインは弾かれたように身を起こした。
「召喚状? どういうこと?」
「中を拝見しても?」
「う、うん」
キャロラインが許可すると執事は手紙を開封し、静かに読み進めていく。
そして納得したように頷き、手紙を閉じた。
「なるほど。もうそんな時期でしたか」
「ど、どういうこと? なにが書いてあったの?」
「ご安心ください。手紙には明日、皇太子殿下と共に絵画の個展に参加するようにと書かれておりました」
「へ? 個展?」
キャロラインは間抜けな声をあげた。
無理もない。皇帝からの召喚状にしてはあまりに拍子抜けな内容である。
「ええ。皇帝の肖像画を任されているドルーという方の個展です」
「……なんで?」
「その方は気難しい御仁でして……芸術に対する審美眼を持ち合わせない人間の絵は描かないそうなのです。ですから次代の皇帝とその伴侶はドルー様に認められるため、参加する習わしなのです」
キャロラインはようやく合点がいった。
現状、皇太子の――レグナの正式な伴侶はシェリルだ。
だが、そのシェリルはキャロラインの手勢から逃れるためどこぞに身を隠している。だからキャロラインが呼ばれたのだろう。
シェリルは考えこむ。
これはチャンスだ。その個展でレグナがドルーに認められる助けになれれば、好感度を大きく上げることができる。
幸い、《灰かぶりの女帝》によって芸術に対する感性は得ることができるし、リスクはない。
「いいわ。返事を書いておいて」
「かしこまりました」
執事が退室したあと、キャロラインはベッドから立ち上がった。
腐っていても仕方がない。
ここは元の世界とは違う。力がある限り好感度が、名声がどれだけ下がろうがまた上げれば元通りになる。
「そうよ。人の気持ちなんてその程度のものなんだから」
キャロラインは自分に言い聞かせるようにそう言うと、身だしなみを整えるためにメイドを呼びつけた。
*********************
翌朝、キャロラインはレグナと共にドルーの個展へと赴き、目を見張った。
驚いたことにその開催場所は貴族街ではなく、平民街だったのだ。
しかも皇太子が来るというのにまったく人払いがされておらず、一般客が多くいる。
「よく来たな。ワシがドルー。しがない絵描きだ」
「お初にお目にかかります。お噂はかねがね――」
「ああ、いい。ここは芸術を楽しむ場だ。肩っ苦しい貴族の作法なんぞいらんわい」
キャロラインはギョッとした。
事前に聞いた情報ではこのドルーという老人はまごうことなき平民のはずだ。
にも拘わらず、皇太子相手にこの物言いとはとんだ怖い物しらずである。
「そうですか。では改めて。レグナです。こっちは――婚約者のキャロライン。今日はよろしくお願いします」
「うむ」
さすがというべきか、レグナはそんなドルーの態度にも動揺せず、すぐさま対応していた。
キャロラインも釣られて礼をする。
ドルーは二人の挨拶に頷くと、ついてこいとばかりに個展の中へと入っていく。
「では行こうか」
レグナが手を差し伸べてくる。
だがキャロラインは見逃さなかった。一瞬、レグナが躊躇ったのだ。
先ほど婚約者の部分で言い淀んだことといい、シェリルとの会談や、茶会での醜態の噂による好感度への影響は思ったよりも大きいとみえる。
「ええ。楽しみましょう、殿下」
キャロラインは気を引き締め、レグナの手を取ると個展へと足を踏み入れた。
「これは……」
ドルーと共に作品を見て回り、レグナが一枚の絵画の前で足を止めた。
作品名は《月下の真愛》。
月明かりに照らされた庭園で二匹の鳥が互いを追うように飛んでいる。
「ほう? それが気になったか」
「はい、なぜだか懐かしい気持ちになって……なぜでしょうか」
「さぁな。その絵は以前、王宮に呼ばれたときに見かけた光景を思いだして描いたものだが」
ドルーの説明にレグナはその絵をじっと見つめ続ける。
キャロラインはその様子になぜか強烈な不安を覚えた。
「あ、あの殿下? そろそろ他の作品もご覧になりませんか?」
この絵をこれ以上見続けさせてはいけない。そんな予感にレグナの肩を叩く。
「――はっ!? そ、そうだね……」
我に返ったレグナはキャロラインに促されるようにして次の作品へと移動する。
だが、その後も様々な作品を見て回ったが《月下の真愛》ほど長時間足を止めることはなかった。
そして三人は最後の作品、最奥の広間に飾られた巨大な絵の前へとたどり着いた。
「何も描かれていない……?」
キャロラインは思わずレグナのほうを見た。
自分の目にはその絵が違ったように見えたからだ。
それはまったくの真逆。端から端まで、余白一つなくキャンバスが黒く染められている。
「そう見えるか」
「……は、はい。僕にはそう見えます」
「ふむ。ならそこの令嬢はどう見る?」
「え!?」
突然、話を振られキャロラインは慌てふためいた。
理由はわからないがどうやらレグナとキャロラインではこの絵が違うように見えているらしい。
キャロラインは頭をフル回転させ――、どう答えようかを模索する。
正解はわかっている。キャロラインのほうだ。
なぜなら今のキャロラインには《灰かぶりの女帝》の副次効果で得た超一流の感性が備わっている。間違いなはずがない。
だが、それをそのまま答えればレグナが恥をかく。ここは合わせるべきだろう。
「わ、私もそう見え――っ!?」
キャロラインがそう答えようとしたとき、ドルーと目があった。
その目からは嘘は許さないという強い気持ちがひしひしと伝わってきた。
「キャ、キャンパス全体が真っ黒にみえましたわ……」
「……そうか。あいわかった。ならば今回の肖像画の件、ワシは引き受けぬ」
「な……っ」
バッサリと斬り捨てるドルーのその言葉に、レグナが目を見開いた。
キャロラインも混乱する。無言の圧力に負けたとはいえ、自分は正解を答えたはずだ。
だというのに、なんの言葉もなく断られた。
「ま、待ってください! なぜですか!?」
「それを答えたとして意味はない。お主の子供に期待するとしよう」
「そんな……」
途方にくれるレグナを余所にキャロラインは焦っていた。
このままでは皇太子の好感度が下がる。
それだけじゃない。この噂が広まれば他の攻略済みの貴族の好感度も下がり、支配が解けてしまう。
ドルーはすでにキャロラインたちに背を向け、入口へと歩きだしていた。
どうにか、どうにかしなければ――。
「すみません。少し、よろしいでしょうか」
そんな絶望的な状況の中、ドルーを引き止める声が広間に響いた。
その声にキャロラインは顔をあげ、表情を驚愕に染めた。
「あ、あんた……なんで……」
そこにいたのは忘れられない屈辱を植え付けられて久しい、見知った人物だった。
シェリシール・レイライン。
またしても彼女が乱入してきたのだった。
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