第18話 イベント失敗:Case1

「……」


キャロライン・モリスは物思いにふけっていた。


それは先日の会談こと。


公爵令嬢――いや、悪役令嬢であるシェリルにまんまと逃げられてしまったことだった。


「異世界転生対策課……」


まさかこの世界にそんなものがあるとは知らなかった。


おかげで皇太子をチートで洗脳していることが露呈してしまった。


遊騎士組合とやらに抗議しようとも思ったが、やめた。


再び帝都内に入ってこれないよう支配下の子息たちの手勢を配備しているが、万が一それを掻い潜って会談の内容を報告されていたら、不利になるのはキャロラインの方だからだ。


となれば優先するべきは皇帝やその周りの重要人物の掌握。それさえ達成できれば口封じなど容易いことだろう。


「そのためにも好感度を上げないとね」


キャロラインのチートである《灰かぶりの女帝》において重要な要因ファクターである好感度は個人に対する行動だけでなく、自分自身の名声を高めることでも上昇する。


暫定的に皇太子の婚約者候補に収まった今のキャロラインならば、有力貴族の催しに参加して効率よく好感度を上げることができるだろう。


「キャロライン様、支度が整ってございます」


「わかった。いま行くわ」


これから行くのはその第一歩。


この国の第二皇女が主催する伝統的な茶会だ。


キャロラインは自信の輝かしい未来を想い浮かべ、ほくそ笑んだ。



********************



「皆さん、今日は集まってくれてありがとう」


皇城からそう遠くない離宮、その大庭園に数名の貴族令嬢が集まっていた。


主催者である第二皇女レーゼを筆頭にいずれ誰もが知る名家ばかり。


その中に男爵家の令嬢であるキャロラインが混ざっているのはある種異様な光景だった。


「今年も皆さんとこうしてお話ができる機会を得られて、私も嬉しく思います」


この茶会の大まかな流れとしてはこうだ。



まず、参加者は各々持ち寄った茶葉で紅茶を淹れる。


それを主催者である皇女が試飲用の小さなカップで飲み比べ、選ばれたものを全員で飲む。


そしてその紅茶を淹れた令嬢には栄誉と共に証である首飾りを送られる。



なんとも不思議な催しであるが、かれこれ二十年以上続いているらしい。


ここで皇女に認められれば、キャロラインのチートは増し、皇太子の婚約者としての地位もより一層盤石ばんじゃくなものになるだろう。


「さて。はじめる前に一つ、私から皆さんに言っておきたいことがあります」


キャロラインが考えこんでいると、レーゼがそんなことを言い出した。


唐突なことに、周りの令嬢たちもざわつき始める。


「今、巷では我が兄上の婚約者について様々な噂が飛び交っています。ですが、この茶会にそのことは無関係。これから来られる方をどうか寛大な心で迎えてください」


これから来られる方。


その言葉に察しがついたらしき何名かが頷いた。


それにつられるようにしてわかっていない面々――キャロラインも頷く。


レーゼはそれを確認し、微笑んだ。


「ありがとう。では……お入りください」


レーゼに促され、庭園に繋がるドアから一人の令嬢が姿を現した。


「な……っ!?」


その姿を見てキャロラインは絶句した。


それはつい先日、対決したばかりの公爵令嬢、シェリシール・レイラインだった。


「よろしくお願いするわ。モリス嬢」


「……え、ええ。もちろん」


何事もなかったように話かけてくるシェリルにキャロラインはたじろいだ。


だがすぐに思い直す。


なんのつもりかしらないが、むしろ好都合である。


《灰かぶりの女帝》における好感度の上昇は仮想的なものだ。


相手がどれだけキャロラインを嫌っていても、能力自体が『これは好感度が上がる行動だ』と判断さえすればいい。


そこに相手の意志は関係ない。


財務大臣の子息経由で手に入れた希少な葉、それを使った紅茶を振る舞えば確実にシェリルを支配できるだろう。


問題は一気に解決する。


「さて全員揃ったことですし、どなたから始めましょうか?」


「では――」


「私から始めていいかしら」


口を開くと同時、シェリルが名乗り出た。


キャロライは内心で舌打ちする。


やはりなにか考えがあってこの場に来たらしい。


止めたいが、ここでゴネれば皇女の不興を買う。キャロラインはおとなしく引き下がった。


「では姉さま、お願いします」


「ええ」


シェリルが手慣れた動作で紅茶を淹れていく。


温めたポットに茶葉を入れる。


お湯を勢いよく注ぎ、蓋をして蒸らす。


数分後、ポットの中をひと混ぜしてカップにまわし注ぐ。


「はぁ……さすがだわ」


キャロラインの隣に座る令嬢が思わずといった様子で呟いた。


悔しいがたしかに様になっている。


その姿はまさに優雅にして流麗。


さすがは公爵令嬢といったところである。


「ふん」


だが、キャロラインは落ちついていた。


なぜなら《灰かぶりの女帝》にはもう一つ補助的なチートが備わっているからだ。


それは《成長ポイント》。


好感度を上げるたびに付与され、貴族として振る舞うのに役立つ一流の技能を獲得できるのである。


そしてキャロラインはこの茶会に向けて該当する技能を片っ端から取得している。負けることなど万が一にもあり得ない。


ただ悠然と勝利の瞬間を待てばいい。



*************



「……ふぅ。皆さま、ありがとうございました」


全員の淹れた紅茶を試飲し終え、レーゼが一度手を叩いた。


そして使用人がカップを片づけ、部屋の端へと下がっていくのを確認すると再度口を開いた。


「どれも素晴らしいものばかりで、非常に悩ましい限りです。ですが、その中でも群を抜いていたものが一つありました」


その言葉にキャロラインは勝利を確信した。


なにせ自分の紅茶は希少な茶葉とチートを使って淹れた最高のもの。レーゼが認めるのも無理はない。


「此度の茶会で採用するのは――」


キャロラインは息を吐いた。


これで終わり。


後はレーゼに讃えられることで好感度が上がり、シェリルもキャロラインの傀儡くぐつと化す。


ライバルキャラとしてはもの足りなかったが、それでも健闘を称えるくらいは――


「シェリル姉さまの紅茶とします」


「――は?」


その発表にキャロラインは思わずあんぐりと口を開けた。


どうして、なぜ。


疑問が脳内を駆け巡る。


「……? モリス嬢、なにか不服があるのですか? あなたはまだシェリル姉さまの紅茶を飲んではいないでしょう?」


「ですが! レーゼ様、失礼ながらわたくしの淹れた紅茶をきちんと飲んでいただけましたか!?」


「もちろんです。あれほどの深みのある味わい、私も茶葉には造詣ぞうけいの深いほうですがどのような茶葉が使われているのかまったくわかりませんでした」 


「な、なら……」


なぜ自分の紅茶ではなく、シェリルのいれた紅茶なのか。


いくらシェリルと仲が良いからといって贔屓など許されることではない。


キャロラインはレーゼを問いただすようにじっとみつめる。


すると、レーゼはキャロラインの言いたいことを察したのか、溜息をついた。


「……モリス嬢、見くびらないでください。たしかに私はシェリル姉さまとは懇意にしています。ですがだからといって、伝統あるこの茶会に私情をもちこむことはありません」


「う……シェ、シェリル様! どのような手を使ったのですか! 


「別になにも。茶葉だって厳選はしたけれどサリンカ共和国産のものを使ったわ」


シェリルの言葉にキャロラインは唖然とした。


サリンカ共和国の茶葉といえば誰もが知る定番中の定番のものである。


どう転んでも自分の紅茶を上回ることなどありえないはずだ。


「不思議そうな顔ね。いいわ。教えてあげましょう」


シェリルが腕を組むとキャロラインを見据えた。


そしてゆっくりと、できの悪い生徒に伝えるように話し始める。


「あなたの淹れ方、まるでお手本をなぞっているかのように完璧だったわ」


「……っ! え、ええ。練習しましたから。体に染みついてしまったのでしょう」


「そう。それは素晴らしいわね。でもあの紅茶、色合いからみてルーベン地方のものでしょう?」


「……は? そうですが、それがなにか?」


たしかに正解だ。だがそれがわかっているのなら、文句などないはずだ。


「あれはポットに入れる前、五度くらいの冷水に通さないと本来の実力を発揮できないの。それに蒸らす時間も普通より大幅に短くしないといけない」


「な……」


初耳だった。


キャロラインはただ財務大臣の子息の言葉を鵜呑みにし、詳しく調べてはいなかったのだ。


「付け加えるなら所作の一つ一つもよくありませんでした。手本に忠実なばかりでモリス嬢からは経験に裏打ちされた優雅さが感じられませんでした」


ドキリ、とキャロラインは心臓を脈打たせた。


見抜かれている。


キャロラインの実力が努力によって得たものではないことを。


「たしかに……」


「違和感は感じてたけど、なるほどねぇ」


シェリルたちの言動と、狼狽するキャロライン。それを見て周りの令嬢たちが口々に同調し始める。


キャロラインは羞恥で顔が熱くなるのを感じた。


「やってくれたわね……っ!」


「いいえ。茶葉の選定も、練習不足も、すべてあなたの自業自得よ。そのすぐ感情的になるところといい、あなたに殿下は任せられないわね」


「この……っ! 調子に――」


「モリス嬢!」


眉を逆立てるキャロラインにレーゼが声を荒げた。


「どうやらあなたにはまだこの茶会に参加する資格はなかったようです。お引き取りを」


「ぐ、ぐ……」


キャロラインは自身のチートが現在進行形で弱まっていくのを感じていた。


これ以上、ここに留まるべきではない。


「そ、そうですか……っ! 残念ですが、仕方がありませんね……失礼いたします……っ!」


荒れ狂う感情を抑えながら、キャロラインは逃げるように退席する。


栄光への第一歩となるはずだった茶会は惨憺たる結果で膜を閉じたのだった

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