第17話 反撃の兆し


「いやぁ……ここが伯爵邸ですか。レイライン邸に劣らず立派ですねぇ」


「ええまったく。床のタイルも調度品も、どれも公爵家より数段上のものばかり。なにか意図があるのかしら」


「さぁどうでしょう。しかし公爵家に裏組織の密偵を送りこむくらいですから……対抗心とか?」


「……」


豪奢な邸内でそんな会話が交わされている。


その様子を何か言いたげに見つめる一人の男にゼンは視線を向けた。


「こ、これはドミニク伯爵! 失礼しました。まさかいらっしゃるとは……」


「どの口が……っ! 最初からワシに言っておるのだろうが白々しい!」


「まぁまぁ、落ち着いてください。そんなに凄まれると漏らしちゃいそうです……秘密を」


「ぐっ」


ゼンは怯むドミニクを見て、邪悪な笑みを浮かべる。


そして懐から通信用の魔導具を取り出すと立ちあがり、芝居がかった動作で天に掲げた。


「ああっ、あまりの恐怖に手が勝手に! 情報屋直通の魔導具を!」


「ば、馬鹿者! やめんか!」 


もちろんやめない。


ゼンは魔導具を取り上げようとするドミニクを華麗に避けると、苦しそうに手を抑える。


「これはドミニク様が公爵家に協力してくれないと収まりそうにありません……裏組織との繋がり、そこから入手した盗品の数々。おっとさっそく口が」


「き、貴様! ワシを脅すつもりか!?」


「明日の一面にバーン」


「わかった! わかったから早くそれをしまえ……しまえぇぇぇ!」



*****************



「……ふぅ。なんとかなりましたか」


肩を怒らせて応接室を出ていくドミニクを見送り、ゼンは額の汗をぬぐった。


「まさか潜伏場所がドミニク伯爵の邸宅だったとはな」


アルバートが呆れた顔で話しかけてくる。


ゼンは肩をすくめるとその正面の椅子へと座った。


「ええ。〈蝙蝠卿〉と揶揄されているほど保身に長けたあの方ならキャロラインとの接触も最低限にしていると思いまして」


「たしかにな。だがそれ故にどうやってヤツの密偵や弱みを掴んだのか気になるところだが」 


「はは……個人的な伝手、のようなものです」


口が裂けても情報源が裏組織にいる異世界人とは言えない。


処刑人じみたことをしていても、表ではゼンはあくまで公務員。バレるわけにはいかないのだ。


「それにしても。ゼンは意外とお茶目なのね。普段よりも生き生きとしてたわ」


ゼンが冷汗をかいていると、二人のやりとりを側で見ていたシェリルがそんなことを言った。


「し、失礼しました。お見苦しいところを……」


ゼンは慌てて平誤りする。


どうやら悪徳貴族相手ということもあってか、つい興が乗ってしまっていたらしい。


「ウチの上司は弱みを握れば例え神でも擦り倒しますから。最悪ですね」


「あらそれは怖い」


「セスさん? 嘘を堂々と言わないでください」


ゼンは頬を引き攣らせながらセスを睨む。


おそらく対策課の本業のことを言っているのだろうが、それにしたって言い方というものがある。


「ところで」


応接室にアルバートの声が響いた。


弛緩した空気が引き締められ、ゼンは姿勢を正す。


「そろそろ先ほどの話の続きをしてはどうだ?」


その言葉にゼンは少し考え、思い至る。


先ほどの話――逃げきった際にゼンが口にした『得るものがあった』という発言についてだろう。


「あの会談でお前はなにを得た?」


「突破口です」


「ほう?」


アルバートが興味深そうに身を乗り出してくる。


ゼンは姿勢を正すとその目の前で指を二本立てた。


「私が得たものは二つです。まずは殿下の真意。シェリル様も覚えておられるでしょう。殿下があなたの言葉に反応し、苦しんでいたのを」


「……ええ。まだ殿下は戦っておられる。間近で強力な精神操作を受け続けてなお、おひとりで」


「はい。ならば殿下にかけられている精神操作さえ解けば、婚約破棄も取り消されるに違いありません」


そうなれば皇帝も動き、他の精神操作された貴族たちを鎮圧することができる。


「だがことはそう簡単ではないぞ? 現に万全に整えた対策は呆気なく破られた」


「それが二つ目です。我々はキャロラインの力を誤認していたのです」


「何?」


ゼンの言葉にレイライン親子が目を丸くした。


横にいるセスもどういうことだといわんばかりに目で続きを促してくる。


「彼女の力は乙女げーむ――その法則である〈好感度システム〉の概念を現実に適用する力です」


「乙女、げーむ……?」


「異世界のいわゆる、あー……ままごとに近いかと」


ゼンはなんとか例を絞りだした。


もっとうまい言い方があるのかもしれないが、生憎ゼンも知識だけである。


パソコンやゲームの説明をせず簡潔に伝えるならこれが限界だった。


「ま、ままごと?」


「ええ。要所要所で提示される選択肢を選ぶことでお気に入りの登場人物の好感度を上げ、結ばれることを目指す――そんなままごとです」


「はぁ。わかるような、わからないような……それで、その法則を現実に反映するとはどういうことなの?」


「そうですね。例えば……失礼します」


ゼンはそう言ってシェリルの手元のカップを手に取ると、掲げてみせる。


「私がキャロラインの力を発動したとします。目の前には『シェリル様の紅茶が冷めている。温めなおす、なおさない?』といった選択肢が見えている。ここで私が『温め直す』を選択し、実行した場合、どうなると思いますか?」


「……まさか」


「はい。その時点でシェリル様は力の影響を受けます」


「な……」


シェリルが絶句する。


当然だ。ゼンもその結論に至ったときは愕然とした。


なにせ選択肢次第では何気ない言葉一つかけられただけで支配下に置かれてしまうのだ。発動を察知できる分、単純な精神操作のほうがまだマシである。


「私たちの状態からおそらく一度だけでは完全に支配はされないのでしょうが、逆に言えばたった一度であの支配力ということ。防御は不可能でしょう」


「で、でも待って。あのときはセリアリスの魔法で防いでいなかった?」


シェリルが縋るようにしてセスを見る。だが、セスは首を振ると口を開いた。


「私のあの魔法は消費魔力量が多すぎて短時間しかもちません。頼りにはしないほうがよろしいかと」


「そんな……」


シェリルが意気消沈する。


だが対照的にアルバートの口から洩れたのはなんとも楽しそうな声音だった。


「たしかに脅威的な力だな。だがお前は突破口としてこの話を挙げた。つまりその力こそが状況をひっくり返す鍵となるのだろう?」


「あ……」


シェリルも気づいたらしい。


期待するようにゼンを見つめ、問いかける。


「い、いったいそれは……?」


ゼンはニヤリと笑い、答えを口にする。


「簡単です。下げてしまえばいいんですよ。好感度を」


そう。彼女の力は好感度に依存する。


好感度を上げると洗脳が進むのなら、逆もまたしかり。好感度が下がれば洗脳は解けていく。


そして――


「〈乙女ゲーム〉は選択肢を間違うと好感度が下がる。つまりこれから我々でそれを促し続ければ……」


「キャロラインの力が弱まって殿下を解放できる……?」


「そういうことです」


キャロラインが何人の好感度をどの程度上げているのかはわからず、選択肢がいつ提示されているのかもわからない。


ならばゼンたちがやることは単純。


「キャロラインがやることなすことを、徹底的に、完膚なきまでに失敗させ続けます!」

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