第16話 好感度システム(2)

会議室の中を膨大な魔力が駆け抜ける。


ゼンはソレを浴びた瞬間、自身の正気が急速に削がれていくのを感じた。


「さすが悪役令嬢。ちょっと舐めてたわ。でも残念、シナリオは変えさせない。私は……主人公なんだから!」


口ぶりからして間違いなくキャロラインからの攻撃。


だがそれはおかしい。


「精神操作の魔法に対する備えは万全だったはず……っ」


「ふぅん、そういうこと。どうりで効きが悪いと思った。ならこれでどうかしら? 《大丈夫ですか!? 手をお貸しします!》」


「は……? ッッッ!」


突然、キャロラインから発せられる力が強まった。


それと同時にパリパリパリパリパリィン、と何かがたて続けに割れる音がして服の下からなにかが零れ落ちる。


ゼンは霞む視界の中でそれへ視線を向け、驚愕した。


「魔封板、が……まさか!?」


ゼンは驚愕した。


魔封板とは特殊な水晶を薄い板状に加工し、魔法を封じこめることで常に恩恵を得ることができる魔導具である。


ゼンはそれをあらかじめ全員の服の内側にこれでもかと仕込んでいた。


中に封じ込めた魔法は全て中級上位の精神防御魔法、《心の盾クラート》。


統合した効果量は上級上位の精神防御魔法に匹敵する。


「それが突破されたということは、これは超級冠位――概念に干渉する力か……!」


こうしいている間にも服の内側からは破砕音が鳴り続けている。


このままではいずれ全員がキャロラインの支配下に置かれてしまうだろう。


「くそっ、なんとかしないと……」


ゼンは靄のかかった頭で必死に思考する。


怨讐よ、神威を断てリヴェル・エクシオン》は使えない。魔力が足りず、キャロラインが行使している力も発動に必要なラインに達していない。


離脱も不可能だ。城内では転移ができず、キャロラインの力に抵抗するのに精一杯でシェリルたちを抱えて逃げるほどの余力もない。


「……あ」


ゼンの脳裏にある可能性がよぎった。


キャロラインのこれまでの言動、概念に干渉する力、発動時の謎の言葉――それらから浮かんだあまりにも荒唐無稽な説。


だが今は正しいかどうかを考えている暇はない。


ゼンは唐突に近場にあった椅子を引っ掴むと皇太子へと投げつけた。


「ええっ!!?」


まさかの行動にキャロラインが驚きの声をあげた。


庇えば間に合う距離にも関わらず、呆然と飛来する椅子を見送る。


「うわっ!」


レグナの肩に椅子が当たった。


そしてその瞬間――


部屋を満たす力が弱まった。


「今だっ! セス!」


「《境界の鎧ティルミナス・アルマ》!」


キャロラインとレグナ皇子を除く全員にセスの魔法が付与される。


纏わせた対象の存在を別次元へとずらす次元の羽衣はキャロラインの力の影響を完全に遮断する。


「長くはもちません! 早くこちらへ!」


「くっ、致し方あるまい……!」


ゼンは駆け寄ってくるアルバートを背負うと、壁に向けて拳を振り被る。


「ハァッ!」


拳が叩きこまれた。


鎧すら粉砕するその威力は壁を木端微塵に粉砕し、外への脱出口を作りだす。


「シェリシール様!?」


横からセスの焦れたような声が聞こえた。


見るとそこにはセスに抵抗し、立ち止まるシェリルの姿があった。


「急いでください! もう時間が……」


「わかってるわ! でも最期に……っ!」


シェリルがレグナを見据える。


そして息を吸うと、レグナの心へ届けと言わんばかりに吐き出した。


「殿下! 私は諦めません! きっと=みせます! そしてあの約束を……っ!」


その言葉にますます苦しむレグナとせせら笑うキャロライン。


シェリルはそれを確認すると、セスに身を任せる。


「一時退却です! よく捕まって!」


ゼンは合図と共に外へと飛びだした。そして中庭へと降り立つと、全速力で駆け抜ける。


突然の事態に止めようとする警備兵はいない。


「チッ、逃げ足の速い……あなたたち、なにをボーっとしてるの!? そいつらを捕まえて!」


会議室からキャロラインの支持が警備兵へと飛ぶ。


すると兵たちは先ほどまで面食らっていたのが嘘のように、ゼンたちへと攻撃を始める。


「これ、はっ、城の警備兵にまで力を使っていたのか……っ!」


「そのようです……ねっ! グズグズしていたら包囲されます。強行突破しましょう」


ゼンたちは頷きあうと進路上の警備兵へと肉薄する。


「八式――《巨人脚》」


「《空間掌握ディメンス・レクシオ》」


ゼンから放たれた振動が地面を介して動きを止める。同時、巻き込まれないように跳躍していたセスの魔法が発動した。


現れたのは小さな半透明の球体。それは警備兵たちの中心で急速に成長し、四方へと跳ね飛ばした。


「よし、行くぞ! このまま――」


「待ちなさいよ!」


城門への道がひらけ、ゼンたちが駆けだそうとしたそのとき、声が中庭へと響いた。


振り返ると忌々しそうな顔をしたキャロラインがゼンたちを見下ろしていた。


「逃げても無駄なんだから! いずれアンタたちもアタシの下僕にしてあげるわ……せいぜいそれまで怯えて過ごしなさい!」


「……」


ゼンはキャロラインを一瞥した。


偽物の自信に満ち溢れ、目をぎらつかせたその姿はゼンがこれまで幾度となく見た異世界人の姿に重なった。


ならばやることは一つ。


ゼンはひとつの決意と共に向き直ると呟いた。


その言葉は精密に操作された風魔法によってキャロラインの耳へと運ばれる。


「そうですか。でしたら我々もを取らせていただきます」


「……っ! 馬鹿にして……ハッ、いいわ、やれるものならやってみなさいよ! アタシのチートに抗えるものならね! ふ、ふふ、アハハハハハハ!」


ゼンはもう振り返らなかった。


キャロラインの哄笑を背に受けながら、異世界人に侵食されつつある城をあとにしたのだった。



*************



「……よし。追跡魔法の気配はない。なんとか逃げきれましたかね」


「はい。お二人とも、怪我はありませんか?」


城から脱出したゼンたちは空間跳躍によって帝都の外にまできていた。


セスの質問にレイライン親子は服の汚れを払いながら答える。


「ええ。問題ないわ」


「うむ。私もだ」


ゼンは二人の無事を確認すると、頭を下げる。


「申しわけありません。まさかあそこまでとは。予想の遥か上の力に、遥か下の理性……甘く見積もっていました」


「フン。致し方あるまい。あれでは話もできん。それよりも……」


そこまで言ってアルバートはゼンを見た。


「これからどうするつもりだ。モリスの娘との会談は失敗に終わった。このまま何もせねば陛下は我が家を見限り、婚約破棄を承諾しかねんぞ」


「わかっています。ですが得るものはありました。それを活用すれば状況をひっくり返せるかもしれません」


「なに? 本当か」


「ええ。そのためにも情報を共有したいのですが」


「領地に戻るのは……危ういわね」


ゼンはシェリルの言葉に頷く。


キャロラインはレイライン家を完全に敵とみなした。


もし直接乗り込まれてチートを使われれば今度こそ全員キャロラインの下僕となってしまう。


「ご安心を。こんなこともあろうかと潜伏場所は用意してあります。すでに奥様やグレイスさんもそこへ」


「まぁ。用意がいいわね。それで、いったいどこなのですか?」


感心するシェリルにゼンは冴えない職員の仮面から悪い空気を滲ませるとその場所を口にした。


「レイライン邸には及びませんがなかなかの場所ですよ。なにせ――伯爵の邸宅ですから」



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