第15話 好感度システム(1)
「――この間の続き? まさか生誕記念パーティでの我が娘への弾劾のことを言っているのか?」
キャロラインの第一声にアルバート公爵が剣呑な雰囲気をまとって聞きかえした。
それに対し、キャロラインは怯みながらも言い返す。
「そ、そうです。悪事に手を染めた公爵令嬢なんて殿下の婚約者としてふさわしくありませんわ」
「悪事だと! なんの証拠があって……っ!」
「知りませんわ。でもアストラー家の嫡男が調べ上げたことなんだから確かに決まっています。それにシェリシール様、あなたは悪役令嬢。悪事を働いていないわけがありません!」
「……はい?」
ゼンは思わず声を漏らした。
あまりにも暴論である。
たしかにアストラ―家嫡男、法務大臣の息子の調べであれば信憑性は高いかもしれないが、その根拠を碌に聞きもせずに鵜呑みにするのは軽率にすぎる。
それに悪役令嬢。
その単語を根拠として挙げてくるということは――
「……なにかしら、そこの平民」
「し、失礼しました。キャロライン嬢の人脈の広さに驚いてしまいまして」
「ふぅん、見た目に反して見どころがあるモブじゃない」
得意げになるキャロラインに、ゼンはしみじみとした様子で呟く。
「いや、本当に驚きました。まさかアストラー家の子息に個人的な調査を依頼できるとは……よほど好感度が高いのですね」
ゼンは一歩踏み込んだ。
好感度。この世界の住人にはなんらひっかかりを覚える単語ではない。だが、一部の人間には違った意味に聞こえるのだ。
「ふふっ、そうよ! まだ限界突破をしてないけどメイン攻略キャラは全員百パーセントに――ん?」
得意げに話していたキャロラインの表情が凍りつく。
「いま好感度って、そう言った?」
「その反応。やはり……キャロライン様、あなたは転生者なのですね?」
「あ、アンタなんで……っ!?」
ゼンの指摘にキャロラインが激しく動揺する。転生先の貴族としての仮面が外れ、言葉遣いが乱れていく。
ゼンはそんなキャロラインに向けて姿勢を正すと頭を下げる。
「申し遅れました。遊騎士組合、異世界転生対策課のゼン・イスクードです。本会議の立会人として公爵家からの招集で参りました」
「遊、騎士……異世界……対策課……? レ、レイライン様! こ、これはどういうことですか!?」
「この会談を用意してくださった陛下は同行者についてなんの制限もおっしゃられなかった。問題ないはずだが?」
「だからといって……っ」
表情を変えずにそう言うアルバートにキャロラインが歯噛みする。
ゼンは不穏になり始めた空気を察し、慌てて口を開いた。
「お、落ちついてくださいキャロライン様。我々対策課の目的はあなたがた転生者がこの世界で正しく生きていけるよう尽力することなのです!」
「そ、そうなの……?」
「はい。決して不当に危害を加えることはありません」
「そ、そう」
ゼンの言葉に安心したのかキャロラインは胸をなでおろす。
そして気を取り直したようにゼンを見据えた。
「……ええ、そうよ。たしかに私は転生者。それで? なにか問題がある?」
「問題は、あります。失礼を承知で申しますと……我々対策課はこれまでの経験からキャロライン様が殿下に対し、なんらかの力を行使しているのではないかと疑っております」
「……はぁ!? そんなわけないでしょ! 私はなんの力も使ってない!」
「も、申し訳ありません! でしたら結構です、我々も安心して交渉に臨めますので……!」
「……交渉?」
首をかしげるキャロライン。
ゼンは人差し指を立てると説明を始めた。
「はい。我々としては公爵家、そしてキャロライン様、双方に納得いただける落としどころを見つけたいと考えています」
「なに!? どういうことだ話が――」
「アルバート様。交渉は我々に任せていただける約束です」
「ぬ、ぐ……」
気色ばむアルバートをセスが静止する。
ゼンとて公爵家の望みは理解している。だが相手は異世界人、初手から高圧的にでれば即戦闘になりかねない。
「ふぅん? それで、どういう落としどころかしら」
「こういうのはどうでしょう? 今から殿下に対して精神浄化の魔法を行使させていただき、その上でシェリル様との婚約の是非を問う。これならばお互いに納得がいくかと」
「それは……」
キャロラインが考えこむ。
それも当然だ。万が一皇太子――レグナが正気に戻ることがあればキャロラインは終わる。認めることはできないだろう。
だが拒否すればゼンの思うつぼである。それは力の行使を認めるに等しく、会話をこちらの有利に進めることができる。
「……いいわ。それでいきましょうか」
「なに!?」
だがキャロラインの返答は予想外のものだった。
レグナが驚愕の声をあげる。
「本当によろしいのですか?」
「ええ、もちろん。殿下も、それでよろしいですか?」
「……ああ」
ゼンはキャロラインを真意を探ろうと観察する。
だが、そこから感じ取れるのはあふれんばかりの自信だけだった。
「承知しました」
ゼンはセスへと目くばせをする。
するとセスは魔法を使って事前に用意しておいたあるものを取り出した。
「それは?」
「上級上位の精神治癒魔法が込められた結晶型の魔導具と、その効力を増幅する巻物十枚です。これだけあればどれほど強力な精神操作の魔法も意味をなしません」
「へぇ、大した気合いのいれようね」
今の説明を聞いてなおキャロラインに怯んだ様子はない。
ゼンは訝しみながらもセスに実行の合図を送った。
「『起動せよ』」
レグナに持たせた魔導具と巻物が光り輝く。光はレグナの全身をくまなく覆い――
はじけ飛んだ。
「馬鹿な!」
レグナが思わずといった様子で立ち上がった。
無理もない。今のはこの世界の住人なら誰でも知っている現象だ。
「《過効拒否現象》だと!?」
過効拒否現象。健常時に回復魔法をかけた際などに見られる現象で、水がいっぱいに入った器にさらに水を加えると零れるように不必要な魔法が弾かれる現象である。
つまり――
「つまり殿下の精神は健常で、治癒できないということか……!?」
「ふ、ふふふ……あははは! これでわかったでしょう! 私と殿下は真に愛しあってるの!」
キャロラインが鬼の首をとったように語り始める。
その言葉に反論するものは誰一人いない。
「ご理解いただけましたかシェリシール様? 殿下はあなたを愛していなかった。殿下を解放してあげてください。陛下からは公爵家の了承が得られたのなら婚約破棄を認めるとの言質を頂いております。ですわよね、殿下?」
「……」
「殿下?」
応えないレグナにキャロラインが怪訝な顔をして声をかける。
レグナはそれで気づいたのか、ハッとしたように顔をあげた。
「あ、ああ、すまない……呆けていた。そうだな。シェリル、君は私にふさわしくない。僕との婚約を破棄して――」
「本当に、そう思っておいでなのですか?」
レグナの言葉をシェリルが遮った。
その瞳に宿るのはひとつの感情。
レグナに対する絶対の信頼だった。
「なに、を……」
「ちょっと! なに未練がましいことを」
「あなたには聞いていません。殿下、思いだしてください。あの約束を」
喚くキャロラインを無視して、シェリルはただひたすらにレグナの目を見つめていた。
レグナが呆然と呟く。
「やく、そく……」
「はっ、なにを言うかと思えば……約束? そんな描写、原作にはなかったじゃない! 殿下、もう一度はっきりと言ってシェリシール様に引導を渡してください!」
「あ、あ。無論、だ……私が愛しているのはただ一人、キャロ……ぐっ!」
唐突にレグナが呻いた。
そしてまるでなにかと闘っているかのように頭を抑え、苦しみ始める。
「殿下!?」
「シェリシール様、大丈夫です! そのまま続けてください!」
ゼンはシェリルへと叫んだ。
シェリルはそれに頷くと、レグナの手を握る。
「殿下! あの日私たちは誓ったはずです! ルーノ離宮で!」
「ルーノ……離宮……う、ぐ、あああああ!」
ゼンは拳を握りしめた。
ゼンの目は特殊な訓練により、魔力の流れを見ることができる。
だから一目でレグナに何らかの魔法がかけられていることはわかっていた。
そしてレグナがシェリルを見たときや、シェリルが発言した際に揺らいだことも。
「殿下はシェリシール様を想い、心の中で抗っておられる……! なら精神治癒が効かずとも呼びかければ突破口になる!」
半ば賭けではあったため、失敗したら離脱も視野にいれていたが思ったよりも効果があったらしい。
この調子でいけばもしかしたらキャロラインの支配から完全に抜けだすことも可能なのではないか。
ゼンがそう思ったときだった。
「《続きから始める》」
「――っ!?」
キャロラインがそう呟いた。
ゼンはすぐさま動いた。
即座にアルバートを抱え、後方へと退避する。
そして横を見て安堵する。セスも同様にシェリルと共に退避していた。
どうやら同じ判断に至ったらしい。
「キャロライン様、今なにを……うっ!?」
ゼンは思わず、頭を抑えて蹲った。
なんとか周囲を見るとキャロライン以外の全員が同様の状態になっている。
「さすが悪役令嬢。ちょっと舐めてたわ。でも残念、シナリオは変えさせない。私は……主人公なんだから!」
そんな一同を見下ろし、キャロラインが叫ぶ。
他者を意のままにする異世界人。その本性が――顕現した。
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