第14話 開戦準備


「ゼン、セリアリス、本当に感謝するわ」


日がすっかり落ちきった頃、ストラトス卿の手勢を追い払った二人はシェリルたちから歓待を受けていた。


テーブルの上には豪勢な食事が所せましと並べられ、それぞれについたメイドがあれこれと世話を焼いてくれている。


「あ、頭を上げてください!」


「でも……」


公爵令嬢に頭を下げられるなど、恐れ多いにもほどがある。


ゼンは慌てて首を左右に振る。


「我々は職務の一貫として動いたにすぎませんので……!」


「ええ。それに安心するのはまだ早いかと」


恐縮するゼンに続く形でセスがそんなことをポツリと漏らした。


その言葉にグレイスが首をかしげる。


「というと?」


「たしかにゼンさんの作り上げたダサい組織のおかげでストラトス卿に続こうとする貴族を牽制できましたが」


「うっ……!」


「我々が思った以上にキャロラインの力は強力です。今はまだ他人の言葉を聞き入れる余地があるようですが、その影響が理性を上回れば今度は総出で攻めこんでくるでしょう」


シェリルが目を見開いた。


そうなれば今度こそ捕縛は免れない。絶望的な状況を再認識したのかその表情が曇る。


「そんな、なんとかならないのですか!?」


「お、落ちついてください!」


ゼンは狼狽するグレイスをなだめると、手拭で汗をぬぐう。


「ですからそうならないためにも、ここからは時間との勝負なんです。彼らが完全に影響を受ける前にキャロラインをどうにかしなければ」


「そう、ですね。すみません、取り乱しました」


「いえ、お気持ちはわかります」


「「……」」


食卓を沈黙が支配する。


ゼンはそれに耐えきれなくなり、次の話題に移ることにした。


「そ、そういえば! ご当主と奥方が皇帝陛下に直談判に向かったそうですが、そちらの進捗は?」


「あ、ええ。実は先ほど旦那様方から早馬が届きまして――」


「帰ったぞぉ!」


グレイスの言葉を大声が遮った。


ドアが勢いよく開かれ、現れた男を見てシェリルが目を見開く。


「お父様!? もうお帰りになられたのですか!?」


「うむ。陛下の好意で飛竜車を貸してもらえたのでな。ところで……」


そう言ってシェリルの父――レイライン家当主アルバートがゼンたちへと視線を向けた。


「貴様らは誰だ? 見たところ遊騎士組合の職員のようだが……」


「お、お初に……お目にかかります。私はゼン・イスクード。遊騎士組合、異世界転生対策課の室長です。こっちは部下のセリアリス・バート」


「セリアリス・バートです。お会いできて光栄です。閣下」


「……」


ゼンたちが自己紹介を聞いた瞬間、アルバートが押し黙った。


その様子を不安に思ったのかシェリルが不安げに近寄っていく。


「えっと、お父さま?」


「……なぜ呼んだ」


「はい?」


「なぜ呼んだと言っている!」


部屋中に響くほどの声でアルバートが叫んだ。


あまりの剣幕にシェリルとグレイスが思わず身をすくめる。


「対策課だと!? クロードの奴めが創っった胡散臭い部署ではないか!」


どうやら対策課の創設者であるクロードとなんらかの確執があるらしい。


烈火のごとく怒り、シェリルへと詰め寄る。


「わかっているのか? ここでこやつらの力を借りるということはクロードの奴に借りをつくるということなのだぞ!?」


「わかっています! ですが自体の解決にはこの方々の力が必要で……」


「必要ない! 我々と陛下が協力すればなんとでもなることだ!」


アルバートの発言にシェリルが呆れたような顔をした。そして腕を組むと挑発的な目で睨みつける。


「あら本当ですか? ではその陛下はなんと? おおかた自分たちでなんとかしろ、とでも言われたのではなくて?」 


「ぐっ……」


「やはりですか。あのかたはよくも悪くも実力主義です。今回の件も殿下や我々の力量をはかるいい機会程度にしか思っていないのでしょう」


ゼンもそれには同意だった。


あの皇帝であれば間違いなくそう考える。


そしてその結果次第では殿下の継承権を剥奪し、公爵家を完全に見限るだろう、とも。


「ならばこそ、我々のみでどうにかするべきだろう!」


「無理です。これは私たちだけでどうにかできる範疇を越えていますわ」


「シェリル!」


「はいはーい。そこまでよぉ」


加熱していく親子喧嘩。


そこに突然待ったがかかった。


一同が部屋の入口のほうへと視線を向けると、そこには一人の女性がいた。


柔和な笑みを浮かべるその女性はどことなくシェリルに似ていて、ゼンはその正体を悟る。


「カレナ、夫人……あ、お初にお目にかかります! 我々は――」


「そこで聞いてたから大丈夫。アルバートの妻、カレナよぉ。娘がお世話になってるわー」


先ほどまで喧嘩していた二人へと視線を向ける。


「あなたたち、仲がいいのは結構だけどお客様の前なのよぉ? もう少し墜ちつきをもたないと」


「カ、カレナ、しかし……」


「しかしもカカシもありません。それにシェリルは聡明な子よ? あなたが危惧していることをすべてわかった上でこの方たちを招いたはず。そうよねぇ?」


「は、はい。お母さま!」


カレナはシェリルの返答に満足そうに頷くと、再度ゼンたちを見た。


「夫がごめんなさい。ほら、あなたも」


「む、ぐ……すまなかった」


どうやら公爵家におけるヒエラルキーの頂点は夫人らしい。


ゼンは苦笑すると静かに首を振った。


「全力で尽力いたします。どうか許していただけますか?」


「……わかった。お前たちを信じる娘を信じるとしよう」


「はっ。ありがとうございます!」


ゼンはアルバートと悪手を交わした。


展開される生暖かい空気にアルバートは居心地が悪くなったのか、咳払いをすると口を開く。


「それで、本当に我が家だけでは手に余る問題なのか」


「……恐れながら。今回殿下を惑わしている異世界人はかなり凶悪な力を所持しています。武力はもちろん、その独自の価値観から通常の交渉も通じないでしょう」


「厄介な。それをお前たちなら解決できると?」


アルバートが未だ疑わしそうな目でゼンを見る。


たしかに今のゼンは一見ただの頼りなさそうな役人でしかない。不安に思うのも無理はないだろう。


ゼンは一瞬だけ演技を止め、夫人の目を見てしっかりと頷く。


「無論です。今回の件、われわれ異世界転生対策課に任せてください」


「……よかろう。ならば話を聞かせてもらおう……ああ、食事をとりながらな」



*******



「なるほど……まずは、礼をいう」


ゼンやグレイスから留守の間の襲撃について聞いたアルバートはこれまでの態度が嘘のように素直に頭を下げた。


本日二度目の貴族の礼にゼンは危うくスープを吹きだしそうになった。


「ぶっ……や、やめてください。我々のような人間に公爵様が頭を下げるなど」


「通常ならな。だが今回は娘の危機だったのだ。たしかに我が騎士団ならばストラトスの騎士団程度どうにでもできたが、今の状況では悪手。重ねて礼を言う」


「で、ですから――」


「たしかに受けとりました。それ以上の礼は不要です、閣下」


ゼンは目が飛び出るかと思った。


「お……っ、セ、セスさん失礼ですよ!」


「そうですか? 閣下の場合、かたくなに受け取ろうとしないほうが失礼かと」


「……はい?」


セスの言葉が理解できず、ゼンは首をかしげる。


会って数刻でアルバートのいったいなにが理解できるというのだろうか。


「ふっ。セリアリス、だったか。わきまえているな」


「恐縮です」


まさかの正解だったらしい。


ゼンは改めてセスの優秀さを再認識した。


「それで。これから具体的にはどうするつもりだ?」


料理を食べ終え、片づけられた食卓で作戦会議が始まる。


ゼンはしばし考えこむと人差し指を立てた。


「まずはなによりも実際に会うことからでしょう。キャロライン嬢の目的が把握できていない以上、対処できませんから」


「そうだな。ならちょうどいい場がある。陛下が明日、殿下との話し合いの場を用意してしてくださった。最もそれ以上は関知しないともおっしゃられたが……」


おそらくは最低限の義理のつもりなのだろう。


だがゼンたちの本来の業務からすれば皇帝が関わってこないのは好都合である。


「では我々もそれに同行を」


「ああ、頼む。では次はモリスの娘、キャロラインとやらの力だな」


その言葉にゼンはセスの話やストラトス卿の様子を思いだした。


間違いなく精神に影響を及ぼすタイプの力だろう。具体的には――


「まずわかっているのはキャロライン嬢の力の影響を受けると彼女の信奉者になる、ということです」


「はい。モリス領の住民は誰もが『命さえ惜しくない』とまで言っていました。あまりの異様さに泣いちゃうところでした」


嘘つけ。


ゼンは空気を読まずに茶目っ気をいれるセスをジロリと睨む。


「それほどまでか……殿下は本来聡明なお方だ。シェリルを糾弾したと聞いたときは耳を疑ったが、それならあるいは……」


「殿下……」


心配そうな声を漏らすシェリルにゼンは感心した。操られているとはいえ、自分を手ひどく振った相手にそんな感情を持てるのは美徳である。


「となると考えるべきは、その力の影響を受ける条件だな。ゼン、お前はどう思う?」


「そうですね……ストラトス卿と違って私や騎士団の方々が正気だったことから、間接的に影響を受けることはまずないでしょう」


「ほう? だがセリアリスの報告ではモリス領の住民は全員影響下にあったのだろう。それはどう見る?」


ゼンは頭の中で情報を整理する。


間接的な力の伝播ができない力を住民全員に使う方法。


これまで対策してきた異世界人の行動パターンからゼンは一つの推論を導きだす。


「セスさん、もしかしてキャロライン嬢はお忍びで領地を散策していたりしませんか?」


「……? ええ、その通りです。なぜわかったのですか?」


「そうですか。間違いないです。おそらく彼女の力は一定範囲内で発動できる力です。どのくらいの範囲かはわかりませんが、領地を歩き回っていたのであれば間違いないでしょう」


ゼンの結論にアルバートは納得したようにうなずいた。


「なるほどな。だが逆に言えば範囲内であれば確実に影響を受けるということだろう? 防ぐ方法はないのか」


「精神操作の魔法や呪いを防ぐ護符や魔導具を用意があります。どれも一級品ですが異世界人の力が相手なので使い捨てになるかと。それで、ええっと……」


「……? ああ、弁済してくれといいたいのか。構わん。ことが終わったら請求しろ」


「ハ、ハハ……すみません。ウチも財政が厳しくて」


ゼンはもみ手をして謝罪した。


隣から絶対零度の視線を感じたがスルーすることにする。


「あとは会談本番ですが……目的がわかり次第、我々が交渉します。ただその際、一つお願いしたいことが」


「お願いしたいこと? なんだ」


「もし我々が危険だと判断した場合、即退避します。そのときは会議の進展を問わず、指示に従って行動をお願いします」


ゼンがこれまで対策してきた精神系のチートと同程度であれば用意した分で防ぎきれるが、万が一ということもある。


その際は速やかに行動しなければならないため、念を押す。


「……わかった。約束しよう」


アルバートの言質を得て、ゼンは全員を見渡した。


「では皆さん。今日はしっかりと睡眠を取ってください。明日、なにがあってもいいように」



*************



翌朝、竜車でレイライン領を出発した一同は帝都の中心にそびえる皇城、その会議室で皇太子――レグナと向かい合っていた。


その傍らには異世界人と思しき令嬢、キャロライン・モリス。


当然のように上座に座る彼女にシェリルが目を細める。


会談開始の合図を示す鐘の音が室内に響きわたった。


「さぁ、この間の続きといきましょうか」


キャロラインはそう言ってレグナへとしな垂れかかると、挑戦的に笑ったのだった。

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