第13話 絶対貴族☆滅殺団(2)

「絶対貴族☆滅殺団……?」


沈黙がその場を支配していた。


布の下でドヤ顔をするゼンと、あまりのダサさに絶句する二人。


寸前まで激戦を繰り広げていたとは思えない奇妙な空間が双方の間にできあがっていた。


「ダ、ダサ――」


「馬鹿っ!」


ゴードンが発しようとした言葉をストラトス卿が慌てて止める。


ゼンはその様子を見て、静かにほくそ笑む。


「フフ……あまりのかっこよさに恐れ慄いたか? ならそうだな、条件次第では撤退を許してやってもいいぞ?」


「条件、だと?」


「ああ。帰って他の貴族どもに伝えろ。この絶対貴族☆滅殺団の名をな」


軍務を預かるストラトス家を破った謎の組織。


それが噂として広まれば後に続いて武力に訴えようとする貴族たちを牽制することができる。


ゼンはその間にキャロラインに対処するつもりだった。


「どうしやす、ぼっちゃん? 一対一でようやく五分の状況、あっちの部下が参戦してきたら終わりですぜ」


「ぐ、い、いや俺は退かんぞ! キャロラインの不安を晴らすためにも、あの公爵令嬢に裁きをくださねばならんのだ!」


「……そうですかい。ぼっちゃんらしくねぇ判断だが、仕方ねぇ」


そういってゴードンが再び構える。


ゼンは内心で思わず舌打ちをした。


向こうはまだゼンの仕掛けたハッタリの部下を信じている。ならばここは間違いなく退く盤面だ。


軍務大臣の息子がその程度の判断すらできなくなるとは、思った以上にキャロラインの力の影響は根深い。


「まずいな……」


ゼンはボソリと呟く。


まだ罠は残っているとはいえ、復帰してくる騎士団をまとめて攻撃できるものはもうない。このまま粘られれば一人くらいは殺してしまいかねない。


「い、いいんだな!? これ以上戦うなら死を覚悟することになるが、本当にいいんだな!?」


「応!」


応ではない。


ゼンは脳内をフル回転させ、ゴードンと同時に地面を蹴り――


「なにやってるんですか、まったく」


「「ぶあっ!?」」


頭上から降ってきた大木にそれぞれ押し潰された。


「どれだけ手間取ってるんですか。いい加減待ちくたびれました」


「お、お前……だからって問答無用でコレはない、だろ」


ゼンは大木の下から這い出ると。木陰から現れたローブの下手人――セスへと恨みがましい視線を向ける。


だが、当のセスは顔は見えないが――おそらくしれっとした顔で無視すると、ストラトス卿の方を見た。


「くっ、お前も絶対貴族☆滅殺団の一人か!?」


「……なんですかそのダサい名前は」


「えっ」


ゼンは思わずセスを二度見した。


渾身の名づけだっただけに『ダサい』と言われるなど夢にも思っていなかったのである。


「違うのか?」


「私はそんなダサい組織の人間ではありません。この人とは……まぁ、協力関係といったところです」


「……なるほど。用心棒かなにかか」


そう結論づけたストラトス卿にセスが静かに頷く。


「ええそうです。間違ってもそんなダサい組織の一員だなんて思わないでください」


「……」


ゼンは仏頂面になっていた。


なにも隣でそうダサいダサいと連呼しなくてもいいはずだ。


「とにかく、私はこの人に従う義理はありません。ここからは私も相手になりますが……そこの騎士。どうしますか?」


「……そうさなぁ」


ズバン、という音をたててストラトス卿側の大木が斬り裂かれた。


二つになった大木の下からを現れたのはゴードン。


死んではいないと思ってはいたが傷一つ負っていないらしい。


「こっちとしては撤退したいんだがねぇ……どうもウチの若様がおかしくてな。引くに引けねぇのよ」


「当たり前だ! 例えここで死のうともキャロラインに悼んでもらえるなら本望だ!」


主の決死の言葉にゴードンが苦い顔をする。それを見てセスはしばし考えこむと口を開いた。


「では仕方ありません。最終手段を使うとしましょう」


「ふん、最終手段だと? そんなものでこの俺が止められると……ちょっと待て。お。おおおおおお前! それをどこで手にいれた!?」


セスが懐から取り出したものを見て、ストラトス卿が激しく狼狽し始める。


それは本だった。高級そうではあるが、それ以外は何の変哲もない一般的なもの。


ゼンは間近で観察してみるが、なんら特異性を発見することはできなかった。


「勝手ながら部屋から拝借してきました。凝った仕掛けの場所に隠していましたが私には無意味です」


「遅いと思ったら……なにを持ってきたんだ?」


ストラトス卿の様子は尋常なものではない。


なにか不正の証拠かなにかだろうか。


「これはとある貴族が少年期に執筆した重い――もとい想いの結晶です」


「……おい、まさかそれって」


ゼンは嫌な予感がして恐る恐る問いかける。


それに対してセスはなんの気もない様子でその本の正体を明かした。


「ええ、その名を『愛しの君に捧ぐ情熱の詩』。平たく言えば婚約者への愛を綴った……詩帳ですね」


「お、おまえ……っ!」


ゼンは戦慄した。


詩集。それは多種存在する黒歴史の中でも最強クラスの地雷である。


それを部下であるこの少女は勝手に部屋に侵入して全世界に晒上げようというのだ。


「や、やめてさしあげろ! 前から思っていたがお前に人の良心はないのか!」


「失礼な。私は良心の化身といっていい存在ですよ? それにこれはおそらくキャロラインの力の影響を受けている人間にとって最も有効な方法のハズです」


「……なにか考えがあるんだな?」


どうやらただの嗜虐心からの発言ではないらしい。


ゼンは己を恥じた。


セスだって腐っても対策課の一員である。こんな仕打ち、理由があってもしぶしぶやっているに違いな――


「はい。ですからこれを世に広め、婚約者への真実の愛を――フフッ、取り戻して、もら、おうと……」


「笑ってんじゃねーか!」


前言撤回。明らかに面白がっている。


ゼンは目の前の部下がだんだんと悪魔の生まれ変わりのように思えてきていた。


「さぁどうします? これをキャロライン嬢の耳にいれるか、それとも撤退するか、好きなほうを選んでください」


「ぐぅ……っ! 俺はキャロラインのために……いや、だがあれを公開されればキャロラインに嫌われて……あ、がが」


ストラトス卿が錯乱し始める。


その様子はまるで相反する二つの命令を受けて故障する魔法の人形のようだった。


「一つ聞かせてくれねぇかい? アンタら、ええっと絶対貴族☆滅殺団は本当にレイライン家とは関係がねぇんだな?」


「逆に聞きますがそんなダサい組織が公爵家と関わりがあるとでも? ダサすぎて汚点になりかねませんよ。あと一緒にしないでください」


「……は。たしかにそんなダサいと主の品格に影響するな」


敵味方からの『ダサい』の応酬にゼンはもはや涙目になっていた。


だがその返答に安堵したのかゴードンがストラトス卿へと振り返る。


「ってことみたいですよ坊ちゃん。この撤退はレイライン家によるものにはならねぇ。さっさと帰りましょうぜ?」


「ぐ、ぐぐぐ……」


ストラトス卿が苦悶に喘ぐ。


そしてゴードンを見返し、未だ復帰の兆しをみせない騎士たちを一瞥し――


「くそ! ストラトス騎士団、撤収! ゴードン、部下たちを叩き起こせ!」


「了解でさぁ」


ゴードンが片目をつむって目くばせを送ってくる。


主の暴走を止めたことに対する感謝のつもりらしい。


ゼンたちは静かに頷くとゴードンが部下をおこしていくのを黙って見守った。


「撤退準備完了しましたぜ」


「……ああ。おい!」


不意にストラトス卿が大声をあげた。


何事かと視線を向けるゼンたちに恨めし気な目を向けてくる。


「覚えていろ絶対貴族☆滅殺団……っ! その名、絶対に、絶対に忘れんからなぁぁぁ!」


架空の組織への怨嗟の声。


呆気にとられるゼンを残し、ストラトス卿とその騎士団は土煙をあげ、捨て台詞と共に去っていった。


「……なぁ」


「はい」


「やっぱダさ――」


「ダサいですね」


「……」


レイライン家を守ることには成功した。


だがゼンはまったく晴れ晴れとした気持ちになれず、肩を落とした。



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