第12話 絶対貴族☆滅殺団(1)

「ん? あれは……」


レイライン邸に到着したゼンは怪訝な声を発した。


グレイスが邸宅の前を落ち着かない様子でウロウロとしていたのである。


どうやらゼンと同じようにセスからの連絡を受けたらしい。


「ああっ、ゼン様! お待ちしておりました!」


「状況は?」


「斥候によると、あと一時間ほどで領内に……」


「……早いですね」


なにかよほど急いでいるのか進軍スピードが異常である。


これではレイライン家の準備が間に合わない。


「で、ですがご安心を! 当家の騎士団は猛者ばかり、準備不足であろうと見事撃退して――!」


「……いえ。迎撃してはいけません」


「ッ!? な、なぜ……!?」


グレイスが呆気にとられる。


ゼンはそんな彼女に向かって諭すように説明する。


「向こうは本気でシェリル様を罪人だと信じ、捕縛にきているんですよ? それを迎撃してしまえば冤罪が事実と認めてしまうことになります」


さらにいえば、皇太子がキャロラインの影響下にいる以上、国家反逆罪に問われかねないのである。


レイライン家が動くのは悪手中の悪手に他ならない。


「で、ではおとなしく捕縛されろと!?」


「いえ。ここは我々におまかせを。なんとか公爵家に責が及ばない形で追い返してみせます」


「ですが……」


グレイスが躊躇うように眉を寄せた。


当然だ。今のゼンは冴えない雰囲気を装っている。不安に思うのも無理はない。


「――大丈夫です」


「……っ!?」


だからこそ、ゼンは一瞬だけ殺気を解放した。


異世界人の精神耐性すら貫通する威圧がその場を駆け巡る。


ゼンは息を呑むグレイスにはっきりと告げた。


「我々は異世界転生対策課ですから。格上相手のそういったことは得意中の得意です」



*************



「とは言ったものの……」


グレイスに託され、準備を整えたゼンはレイライン領に続く街道で身を潜めながらひとり呟いた。


その恰好はいつもの制服ではない。


正体隠蔽する魔法がかかったを特殊な外套で身を包んでいる。


「異世界人の力の影響下にあるとはいえ、相手は貴族お抱えの騎士団……その時がくるまで耐えられるかどうか」


相手がこの世界の住人である以上、《怨讐よ、神威を断てリヴェル・エクシオン》は使えない。


あれは膨大な魔力と一定以上のチートの発動を条件に使用できる魔法である。


開発者のゼンとしてはもう少し使い勝手のいいものにしたかったのだが、受け継がれた資料と三年という期間ではこれが限界であった。


「……きたか」


ガシャリ、という鎧の音にゼンは顔を上げる。


身を潜めている地点から二キロほど先、そこを甲冑を身に着けた一団が進軍していた。


「兜は……ほぼ全員なし。当然か」


ある程度の実力に至った騎士は兜を装着しない傾向にある。魔力の障壁で覆うことで視界を確保できるからである。


装着しているのは騎士団の主君らしき先頭の一人だけ。


だが、その鎧に描かれた紋章でどの子息かは判別がつく。


宝玉を咥えた竜。軍務を担うストラトス家で間違いない。


「あと少し」


腰の刃引きされた剣を触りながらゼンは息を潜める。


ゼンの隠形に騎士団の誰も気づかず、一歩、また一歩とゼンの定めた交戦地点へとむかっていき――


「ここだ……っ!」


ゼンは岩陰から飛び出ると同時、手に握っていた糸を放した。


「うわっ!?」


ストラトス卿が驚愕の声をあげた。


彼らが乗る騎獣、その進路上に幾本もの矢が突き刺さったのだ。


「てっ、敵襲、敵襲だーー!」


ストラトス卿の声に騎士団が臨戦態勢をとる。


だが遅い。ゼンは騎士団の上空へと飛び上がると手のひらを向ける。


「《礫の散弾バルカ・ロッゴ》!」


構築された魔方陣から礫が豪雨のごとく発射された。


礫は騎士たちの鎧や魔法障壁をガリガリと削っていき、地面へと衝突する。


「くそっ、下級中位の魔法だと! そんなもので――なにっ!? ぐわぁぁぁ!」


騎士たちが散り散りに吹き飛んだ。


ゼンが放った礫によって罠が一斉に起動し、衝撃波の魔法を何重にもばらまいたのだ。


「落ちつけ! 落ちついて隊列を組みなおすんだ!」


なんとか耐えた騎士が指示を飛ばす。


だが、隊列がぐちゃぐちゃになった今の状況では統制などとれるはずもない。


その混乱の中をゼンは走る。


そして地面に転がる槍や弓で残存兵力を無力化しつつ、ストラトス卿へと迫る。


「させねぇ」


至近距離からの峰打ち。


しかし、その一閃は盾によって阻まれた。


持ち主の男はゼンを睨み、反対の手に握る直剣を鋭く薙ぐ。


「っらぁ!」


ゼンは咄嗟に剣を手放し仰け反った。


鼻先数センチを刃が通過し、空を切る。


「ならばっ!」


ゼンは近くの槍を拾うと、縦横無尽に振り回す。


格闘では戦わない。


技を見せればそこからゼンに辿りつかれてしまいかねないからだ。


「せぁぁぁ!」


「おぉぉぉぉ!!」


全力が発揮できないゼンと盾持ちとの間で戦いが拮抗する。


応酬は速度を増していき、やがて槍の柄が男の頭部へ、盾の先端がゼンの腹部へと突き刺さった。


「あだっ!?」


「ぐっ……!」


痛みに顔をしかめながら、ゼンは即座に飛び退いた。


そして体勢を整え、構える。


「よ、よくやったゴードン!」


「いつつ……光栄でさぁ」


ゼンは内心驚いていた。


全力を出せないとはいえ、想定では今のでストラトス卿を気絶、指揮官負傷で撤退させられるはずだったのだ。


予想以上の強敵にゼンは警戒心を強める。


「ゴードン、勝てるか?」


「ウチの連中が復帰すればあるいは。それまでなんとかもたせてみせまさぁ」


「くっ、頼んだぞ……おいそこな賊! この俺がストラトス家の嫡男であると知っての狼藉か!」


ストラトス卿の質問にゼンは考える。


この返答は慎重にしなければならない。レイライン家との関係を想起させず、ゼンとかけ離れたキャラクターを演じる必要がある。


「お……おうとも! なにせ俺たちゃ反貴族を掲げる義賊だからな!」 


「義賊……? いや待て、俺たちだと?」


「ああそうさ! さっきの矢、あれはここら一帯に潜んでる俺様の部下が放ったもんだ!」


もちろん嘘だ。実際には木々にくくりつけた弓を手に握った鋼糸でまとめてひっぱり、解放しただけである。


だが、ゼンはそんな事実をおくびにも出さず、役に入り込む。


「つまりお前らは詰んでんだよ! ヒャッハー! そこに転がってる騎士連中が復活して退却する前にぶっ殺してやるぜぇー!」


「いやぁ、すがすがしいほどベッタベタの賊ですねぇ」


「おのれ……だがいいだろう! お前たち名乗るがいい! 逆に我が騎士団の武勲にしてくれる!」


「……え、名前?」


ゼンは一瞬、素に戻った。


そんな具体的なことなど何一つ考えていない。


ゼンは悩む。


普通に考えれば『貴様ら貴族に名乗る名前などない!』とでも言えばいい話である。


だが、このときのゼンは役に引きずられて少々興奮、端的にいえば浮かれていた。


だからこそかっこよく、洒落た名前を名乗りたいと自身のセンスを振り絞り――


「――団」


「……なに?」


「俺たちの名は! 絶対貴族☆滅殺団だ!!」


自身満々にそう名乗ったのだった。

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