第10話 悪役令嬢と対策課(2)
「ようこそお越しいただきました、対策課の皆さま。此度は当家の要請に応えていただきありがとうございます」
レイライン公爵領。その一等地にあるレイライン邸に到着したゼンたちを出迎えたのは一人の女性だった。
深々と頭を下げる男にゼンたちも礼を返す。
「こちらこそ、お招きありがとうございます。えっと……」
「これは失礼。わたくしはこのレイライン家に仕える執事のグレイスと申します。早速で申しわけないのですがこちらへ。お嬢様がお待ちです」
グレイスに促され二人は屋敷の応接室へ。
室内に入るとそこには優雅に窓辺に佇む一人の少女がいた。
二人はその場に跪くと頭を下げる。
「対策課のゼン・イスクード、ならびに部下のセリアス・バート、お招きにより参上しました」
「よく来てくれました。わたくしはシェリシール・レイライン。どうぞシェリルと呼んでください」
ゼンの挨拶にシェリルは振り向き、服の裾を摘まむと返礼する。
ゼンはいっそう頭を下げると口を開く。
「こちらこそ、頼っていただき光栄です。ご期待に沿えるよう尽力いたします」
「重畳です。どうぞおかけになって」
「失礼します」
シェリルに促され、着席したゼンは改めてその容貌を観察する。
輝くほどの金髪と理知的な瞳。立ち居振る舞いからは確固たる自信が伝わってくる。
ゼンは思わず感嘆の息を漏らし――
「ぐはっ!?」
横に座るセスに肘鉄を食らった。
「おま――セ、セスさん? いきなりなにを……?」
「まじまじと見すぎです。いやらしい」
散々な言われようにセスを半目で睨む。
「ふ、ふふっ」
正面から笑い声が聞こえた。
シェリルがおかしくてたまらないというふうに口元に手をあてて笑っていた。
ゼンは恥じいるように頭をかくと謝罪する。
「す、すみません。お見苦しいものを」
「い、いえ、対策課の方々ってもっと堅い印象だったからつい……ふふふっ」
「……コホン」
シェリルが笑っていると、側で控えていたグレイスが咳払いをした。
シェリルはムッとした顔をすると溜息をつく。
「……わかったわよ。本題に入ってちょうだい」
「かしこまりました。それでは私から。ゼン様、セリアス様、お二人は当家の現状をどの程度ご存知ですか?」
ゼンは馬車でセスに聞かされた内容を思いだす。
「概要くらいしか。詳しいことは先方から聞くようにと」
ゼンはそうだよな、と確認するようにセスに視線を向けた。
するとセスも肯定するように首を縦に振る。
「なるほど。ではそこからお話しさせていただきます。ですがその前に……お二方、ここから先の話は他言無用でお願いします」
「わかりました……って、セスさん?」
「……」
横を向くと、セスが右手を頭上へと掲げていた。
猛烈な嫌な予感にゼンは慌てて止めようとするが一歩遅い。
「《
セスは魔法を発動した。
邸内を魔力が駆け巡り、空間を侵食し、塗り替え、変質させていく。
「なにを……っ!?」
「あー……申し訳ありません。どうやら探知の魔法と遮音結界を張ったようです」
「セ、セリアス様! 魔法を使うなら事前に一言いただきたい!」
仕える主の前で魔法を発動されて肝を冷やしたのだろう、グレイスが声を荒げる。
「……失礼しました。内密とのことだったので」
「ですが――」
「グレイス」
何処吹く風といった様子のセスにグレイスがなおも食い下がろうとしたとき、シェリルが口を開いた。
「わたくしは構いません。落ちつきなさい」
「……はっ、申し訳ありません」
シェリルの叱責にグレイスは矛を収める。
ゼンはその姿にグレイスの深い忠誠と敬愛の念を感じた。
「それで、探知の結果はどうだったのかしら?」
「問題ないかと。少なくとも邸内とその周囲には密偵らしき人物はいないようです」
「……そう。実は気にしていたから助かったわ。グレイス、話を続けて頂戴」
「はい。では……」
グレイスの表情が真剣なものへと変わる。
ゼンたちは居ずまいを正し、気を引き締めた。
「――ことの始まりは一週間前。皇太子殿下の誕生祝賀パーティでのことです。パーティの終盤、シェリル様は婚約していた皇太子殿下から婚約の破棄を宣言されました」
そこまでは道中、セスに聞いていたとおりである。
突然の皇太子と公爵令嬢の婚約解消。
ゼンはその話を聞いたとき耳を疑った。
レイライン家は古くから王族と親交が深く、多くの傑物を輩出している名家である。
その血を取り入れることができる好機を仮にも皇太子が不意にする。信じられない話だった。
「突然のことにお嬢様は理由を問いただしました。すると殿下はその場に見知らぬ女性をお呼びになり、事実無根の罪でお嬢様を糾弾。そればかりかその女性と婚約するとおっしゃられたのです」
ゼンはそっとシェリルのほうを盗み見た。目をつむり、一見毅然としているように見えるが違う。その膝に置かれた手はきつく握りしめられている。
「おかげで当家は派閥内の貴族への説明や政敵からの嫌疑の解消に追われ、王家へ事実確認すらできていない……これが現状です」
「それは……」
ゼンは二の句を継げなかった。
まさに絶対絶命。
この場にシェリルの両親がいないことからもその切迫度合いが窺い知れる。
「しかしその見知らぬ女性というのは……」
「名前だけは判明しております。その女性の名前は――キャロライン。帝国東部の辺境を治めるモリス辺境伯のご息女、キャロライン・モリス様です」
聞き覚えのない名前だった。
ゼンは仕事柄、国内のめぼしい貴族は全て把握している。そのゼンが知らないということは相当に無名の貴族であることは間違いない。
「そんな方が殿下と接触し、あまつさえ婚約者に選ばれる……不自然ですね」
「はい。その不自然さこそが対策課の皆さまにお願いしたいことに繋がってくるのです」
そう言ってグレイスが一枚の写鏡紙を渡してくる。
そこには一人の少女が映っていた。
「私どもはモリス嬢が異世界人で、殿下を操っているのではないかと睨んでいます」
「……その根拠はなんでしょうか? 見る限り、モリス嬢は黒髪黒目ではない。仮にモリス嬢がなんらかの魔法で殿下を操っていたとしても異世界人とは――」
「強力すぎるのよ」
ゼンの言葉を遮るようにしてシェリルが言葉を発した。
ゼンは口をつむぐと続きを促した。
「様子がおかしかったのは殿下だけじゃない。近衛騎士も様子がおかしかった。彼らは武術、魔法において最高峰の実力者。その彼らを全員操る魔法のなんて無名の一令嬢が使える範疇を越えているもの」
「ふむ……」
ゼンは考えこむ。
たしかにそれほどの魔法を使えるのはこの世界の人間でも一握りの強者だけだろう。
いや、その一握りでさえ発動には多くの時間を費やすはずである。
となるとその力が異世界人の持つ固有の力――チートである可能性は高い。
髪や目の色が黒ではないのも説明はつく。
異世界人の中には元いたこの世界の人間の意識と交代、または乗っ取る形でこの世界にやってくる憑依型というタイプが存在するのである。
「なるほど。つまりそちらは我々にこのモリス嬢が異世界人であり、殿下を操っていることを調査、認定してほしいのですね?」
「ええ。その事実さえあれば陛下は動いてくれるはず。お願いできるかしら?」
「……わかりました。一度上司に連絡した後、調査を開始します」
ゼンが承諾するとシェリルとグレイスは胸をなでおろして息を吐く。
「お願いね。成功すればお礼はきちんとさせてもらうわ」
「お気遣いなく。それこそが私たち対策課の仕事ですから」
ゼンはそう言うとセスに結界を解除させ、レイライン邸を後にした。
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