第9話 悪役令嬢と対策課(1)
「ゼンちゅぁぁぁん!」
朝一番の対策課に野太い声が響き渡った。
ゼンは猛烈なデジャブを感じながら訪問者を出迎える。
「ろ、ローズリィさん。今日はどういうご用件で……?」
「聞いたわよぉ。ノゾムちゃんにしっかりと言ってくれたみたいじゃなぁい」
「ああ……」
ノゾムちゃん――というのは先日レーゼで話しあった異世界人のノゾムのことだろう。
どうやらローズリィは依頼の件でわざわざお礼にきたようだ。
これから報告に行こうと思っていたところだったのだが、先を越されてしまったらしい。
ゼンは納得し、首を横に振る。
「いえ、すみません、実はまだ完璧ではなくて。とりあえずノゾム様には事情を無視して助太刀しないようには伝えたのですが」
ローズリィの依頼は『自分たちにちょっかいを出してきた異世界人をどうにかしてほしい』というものである。
広義の意味では依頼達成とも言えるが、ゼンとしては継続してノゾムに接触を図るつもりだった。
「充分よぅ! 昨日その??って子が謝罪にきてね。あんまりにもペコペコするもんだから許しちゃったわぁ」
「え、本当ですか?」
ゼンは思わず顔をほころばせる。
この世界にやってくる異世界人の多くは総じてプライドの高い傾向にある。
自身の非を認めて謝罪できるのならば、今後はこの世界と正しく向き合ってくれるだろう。
「いやぁ、よかった。話した限り、夢見がちですけど根はいい方のようでしたから。これからも邪険にしないでいただけると助かります」
「わかったわぁ。それにしても……対策課ってちゃんと仕事してたのねぇ。左遷部署かと思ってたわぁ」
「は、はは……」
ゼンは曖昧に笑った。
この課に所属するメンバーは全員、クロードや課長、ゼンにスカウトされている。
そういう意味ではある意味でエリート揃いの部署と言えなくもないのだが、ここでそれを口するわけにもいかなかった。
「あ、ところで聞いたかしら。ローレ村の件」
「……はい。なんでも遊騎士崩れの不注意で壊滅してしまったとか。痛ましいことです」
ゼンは動揺をおくびにも出さず嘘をついた。
相手はここ組合本部で屈指の遊騎士である。僅かな感情の揺らぎで察知されないよう感情を抑えこむ。
「ええ。巷では異世界人の仕業なんじゃないかって噂もあるけど……なにか知ってたりしない?」
「いえ……ですがウチにそのような情報はきていないので、その噂は誤りかと」
「あらそう、よかった。もし本当だったらノゾムちゃん、叩かれちゃいそうだし」
ローズリィの言葉にゼンは改めて実感する。
市勢における異世界人の評価は著しく低い。ローレ村の件にノゾムがなんの関わりもなくとも、よく知らない人からすれば同じにみえてしまうのだろう。
亜人や魔族といった種族に対する迫害がいまだになくならないように、とかく人は大きな思想に流されがちなのである。
「しかしそうですか、そんな噂が。これは早急にウチの課総出で否定して回らないと……はぁ」
「大変ねぇ……なんならアタシのほうから広めておくわよ?」
「ええっ!? ほ、ほんとうですか? 助かります!」
ゼンは素で感動してしまった。
ただでさえ他の部署から押し付けられた膨大な書類の処理に忙しいのである。
正直、問題児だらけの部下を連れて噂の火消しなどたまったものではなかったのだ。
ゼンにはローズリィが神のように見えていた。
「そ、そこまで感激することぉ? やっぱり左遷部署なのかしら……」
「……コホン、し、失礼しました」
「いいえぇ。それじゃアタシは行くわぁ」
「はい! 報告ありがとうございました」
ゼンはローズリィに深々と頭を下げる。
そしてその姿が見えなくなると顔を上げ、呆れたように部屋の隅のなにもない空間へと視線を向けた。
「なにしてんだ、お前ら」
ゼンの声に反応するように空間が歪む。そしてそこから現れたのは二人の男女だった。
「んなの決まってんじゃねぇか。横でテメェの気色悪い敬語聞くのが嫌だからだよ。なぁ?」
「そうですね。気持ち悪かったです」
一人は先日も会ったセリアス。
そしてもう一人は同じく対策課所属のガルドア・ミッドレイだった。
「……お前ら一応俺の部下だよね」
「不本意ながらなァ。あーあ、なんでこんなのが上司なんだか。俺だったら異世界人は問答無用で殲滅って方針に――っ!?」
ガルドアがそう言った瞬間、空気が凍りついた。
ゼンが凄まじい殺気を伴ってガルドアを見つめていた。
「ガル」
「……」
「そんなことをすれば俺がお前を殺すぞ」
ゼンにとって?長の役職はさして重要ではない。ガルが望み、任せられると判断したなら喜んで譲っただろう。
だが、この世界と正しく向き合おうとしている異世界人にまで危害を及ぼすなら。
ゼンは部下であろうと容赦はしない。
「……へっ」
その意志を感じ取ったのかガルドアの頬に一筋の汗が流れる。
そして、口の端を吊り上げると獰猛に笑った。
「いいねェ。それじゃここで一つ、どっちが上か――痛ってぇぇぇぇ!?」
突然、ガルが頭から前につんのめった。
ゼンはぎょっとして目を丸くする。
いつのまにかセスが椅子を持ってガルの近くに立っていたのである。
どうやらアレでガルの頭を殴ったらしい。
「せ、セスさん……?」
ゼンはあまりの容赦なさに戦慄した。
そんなゼンの元にセスが椅子を手放し、ツカツカと歩いてくる。
「そこを動かないでください」
「は……あ痛ぁ!?」
なぜか頭をはたかれた。椅子じゃないだけマシだが椅子を持ち上げられる膂力である。十分に痛い。
「な、なんで俺まで……」
「黙ってください。男同士でイチャイチャと……二人ともそんなに私を怒らせたいですか?」
「「……すみません」」
セスの絶対零度の視線に大の男二人が頭を下げる。
セスを怒らせればどうなるかは二人とも身をもって知っていた。
「まったく……課長はこれから私と課長直々の任務に赴くのです。無駄に疲労させないでください」
「……ん? え、ちょっ、はぁ!? 聞いてないぞ!?」
「いま言いましたから」
表情一つ変えずそう言ってのけるセスにゼンは口をあんぐりと開けて
「……一応聞いておくが、それはいつ言われたことだ?」
「昨日です」
ゼンは思わず眉をひくつかせ、セスの頭を引っ掴んだ。
「お前に異世界人に伝わる格言を教えてやろう。ホウレンソウ。報告、連絡、相談だ。覚えておけ」
「そうですか。なら私は異世界人ではないので覚える必要はありませんね。あとセクハラです」
「お前ほんとに真面目なの口調だけな!」
あまりにもあんまりな態度にゼンは声を荒げる。
そして数度深呼吸すると二人を見た。
「はぁ……いいか? 俺たちはただでさえ少数なんだ。だから課の人間同士、きちんと連携を――」
「こんにちはー! リュミさんが来たよー! ゼンくんいるー?」
「――とっていきましょう。お願いできますか?」
不意のリュミの訪問にゼンは光の速さで猫を被った。
その様子を二人は冷めた目で見つめ、ガルが口を開いた。
「……それ疲れねーか? いいけどよ」
*************
部下二人に白い目で見られながらリュミをいなしたあと、ゼンはセスと共に馬車に乗っていた。
セスが伝え忘れていた課長からの任務に向かうためである。
「それで? 課長からの任務というのはどういうものなんだ」
「そんなに知りたいのですか? 仕方ありませんね……」
「……」
ゼンはセスの戯言をスルーする。
その顔は既に抹殺者のそれへ切り替わっていた。
セスはつまらなそうに溜息をつくと、任務の概要を口にした。
「これから行く場所は帝国レイライン公爵領。その令嬢が婚約者に捨てられたそうです」
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