第8話 神威を断つ拳(3)
決着の時が近づいていた。
最強の魔法を放つため、際限なく魔力を放出しているソウヤとそれを迎え撃つために構えるゼン。
両者はお互いに自身にとって最良のタイミングを見計らっていた。
「教えてやる、ねぇ……」
緊迫した空気の中、不意にソウヤが口を開いた。
「この魔法を見てそんな虚勢を張れるのは大したモンだけどさぁ……お前、わかってないだろ?」
そう言ってソウヤは顎をしゃくり、頭上の疑似太陽を指す。
「これは俺がこの世界に転生するとき、特別にもらった神の魔法だ。つまりお前は神を相手にしてるようなもんなんだぜ?」
「……だから? おしゃべりなやつだな。言ったはずだ。来い、と」
期待していた反応と違ったのか、ソウヤが苛立たしげに舌打ちする。
おおかたゼンを絶望させ、泣いて詫びさせようとでも思っていたのだろう。
だが、ゼンは怯まない。
目の前の力が神の奇跡と知ってなお、目を逸らすことなく対峙する。
「最後まで……っ! もういい! ならお望み通り――ぶっ殺してやらぁぁぁ!」
状況が動きだした。
咆哮と共にソウヤが掲げていた両手を振り下ろす。
「くらえ――〈メギオン・フラヌス〉!!」
極光が、放たれた。
それはまさしく文明を焼き尽くす神威の具現。
森を焼き尽くし、地を赤熱化させ、たった一人の個人を消し去らんとゼンへと迫る。
「……ははっ!」
そんな絶望を前にゼンは狂笑をあげ、左手を突きだす。
ゼンはこの瞬間を待っていた。
終始ソウヤを挑発し、大気中に大量の魔力をばらまかせた。
その魔力を回収する道具を森の各所に設置し、十分に満ちるまで耐えしのいだ。
それら全ては切り札を発動するための布石。
「《絶望の空 血染めの大地》」
そこから溢れ出るのは漆黒の闇。
それは極光と衝突し、受け止め、星を包む宙のように広がると――
「……掴んだ」
呑み込み、消し去った。
「…………はぇ?」
何が起こったのかわからず、棒立ちするソウヤ。その決定的な隙をゼンは逃さない。
身体強化でソウヤの目前まで移動し、地面に亀裂が奔るほどに踏み込む。
上体を前に傾け、拳を振り上げる。
そしてゼンは発動した。
貯め込まれた魔力と自身の魔力、そして蛮神の力がより強くこめられた攻撃を受けることで発動する、対異世界人決戦魔法――。
「《
真紅の光を纏った拳が、放たれた。
それは何重にも張り巡らされた強固な障壁をたやすく砕き、そこから爆発した光が杭打ち機のようにソウヤの身体を貫く。
「ぎっ、ああああああああああ!?」
ゼンはソウヤの中に巣食うなにかがバキバキと音をたてて崩れていくのを感じた。
そして、それが跡形もなく消え去ったのを確信すると拳を振りぬく。
ソウヤの身体は赤雷を伴いながら宙を舞い、何度もバウンドすると数十メートルほど地面を転がり、静止した。
「あ……ぐ、あ……」
ゼンは身じろぎするソウヤへと近づき、顔を覗き込む。その表情は苦悶と困惑に彩られていた。
「なに、しやがっ……た」
「自分の身体を見てみろ。そうすればわかる」
「……!」
ゼンの言葉に身体を見渡したソウヤが絶句した。
傷つかない無敵のはずの身体に、大小さまざまなスリ傷ができていた。
「なん、で……俺が傷を負うわけが……」
「いいや。お前はもう傷を負う。力を失ったからな」
「は? 失った……? う、嘘だ!」
ソウヤが声を荒げ、おもむろにゼンへと手を突きだした。
魔法発動の動き。だがゼンは逃げる様子もなくソウヤを見下ろしていた。
「《インフェルノ》! 《トールハンマー》!」
夜の森にソウヤの声がむなしく響いた。
魔法は発動しない。ソウヤが信じられないような面持ちでゼンを見る。
「お前……お前がなにかやったのか!? そうだ魔法! さっきなんの魔法を唱――ごえっ!?」
ゼンは喚くソウヤの腹へと蹴りを叩きこんだ。激しい嘔吐感にえずく。
「おえぇ……げほっ、げほっ! な、なんで……」
「俺が使ったのはお前たち異世界人の中にある力の源泉、それを破壊する魔法だ。つまりお前はもう特別な存在でもなんでもない。この世界に来る前の……ただの一般人というわけだ」
「な……」
ゼンの言ったことを呑み込めないのか、ソウヤが何度も首を横に振る。
「う、嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だっ! し、信じない! 信じないぞ! 夢……そうだっ、VR! VRの中なんだろ! ログアウト! 脱出! 」
「……あくまで虚構に逃げるか。救いようもないな」
ゼンは心底呆れたように首を振ると屈みこみ、ソウヤの胸ぐらをつかむ。
「や、やめろ! やめろぉぉ!」
ソウヤが半狂乱で殴りかかってくる。ゼンはそれを冷静に受け止めた。
〈スキル〉の補助がない異世界人の攻撃など避ける必要もない。
「ひっ……!」
「この世界はお前の鬱屈した感情を晴らす玩具じゃない。与えられた力におぼれ、そのことに気づこうともしなかった。それがお前の罪だ」
ゼンは判決を告げるようにそう呟くと、ゆっくりと拳を引いていく。
鍛え抜かれた拳は岩をも破壊する。只人がまともに喰らえば命はない。
「や、やめろ……やめてくれ! 反省したから! もうしないから!」
「改心する機会は何度も与えた。それにお前のせいで失われたものはもう二度と帰ってこない。己のおこないを悔いるんだな」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
**********
「……ふぅ」
動くものが一人になった夜の森でゼンは息を吐いた。
何度もやっていることとはいえ、終わったあとのこの妙な感覚だけは慣れない。
ゼンは首を振ると森を歩き回り、各所に設置していた魔導具〈界喰〉を回収していく。
そして焼け野原になった地面に手をつくと、懐から円筒状の容器を取り出した。
「ごくっ。う……」
口の中に広がる薬品臭く、不自然な甘みにゼンは顔をしかめる。
魔力補充飲料――〈赤獣〉
風邪や徹夜明け、魔力切れのお供として重宝している飲料だがお世辞にもおいしいとは言えない。
ゼンは苦い顔をしながら飲み干すと回復した魔力を練り上げる。
「《
焦げた地面を緑が覆っていく。やがてあちこちから木々が生え始め、数分後には森はほぼ元通りになっていた。
「よし……ところで、いつまで見ているつもりだ?」
ゼンは不意に虚空へと声をかけた。
周囲に異物の気配はない。だがゼンは経験からここに自分以外の人間がいることを察知していた。
「バレていましたか」
しばらくして森に声が響いた。
視界の先の風景がぐにゃりと歪み、そこから遊騎士組合の制服を来た少女が現れる。
異世界転生対策課所属――セリアス・バート。ゼンの後輩だった。
「相変わらず見事な隠密だな、セス。いつからいた?」
「ゼン先輩がいじらしい小細工を回収し始めた頃ですね。みじめすぎて笑えました」
「……本当に相変わらずだな」
なぜ自分の部下は揃いも揃って敬意というものを持ちあわせないのか。ゼンは肩を落とす。
「というか、それなら手伝ってくれてもよかっただろ」
「なぜ私が? 不当な時間外労働の強要は職員規約に違反しますよ?」
「ゆとりめ」
ゼンは恨めしそうにセスを睨む。
絶対的な力を持つ異世界人は倒せても、ゼンはあくまで中間管理職。組合の規約には勝てない。
「それに、甘いという意味では先輩も同じなのでは?」
「……そうか?」
「ええ」
そう頷いて、セスは近くの木へと視線を向けた。
そこには意識を失い、拘束されたソウヤの姿があった。
「いくら先輩の魔法で無力化できるとはいえ、生かす必要が? 相手は重罪人ですよ?」
「必要は、ないかもな。だがこれは俺の……なんていうか、誓いみたいなものだ」
それだけは、破るわけにはいかないのである。
「それに力は破壊したし、監獄島の特別区域に送るから心配はない」
「甘いですね。大甘です……まぁそういうところが面白くもあるのですが」
「なんでだよ……」
ゼンは思わず辟易とした。
セスは自分のことをいったいなんだと思っているのか。考えるだけで憂鬱になってしまう。
「それじゃ、帰るか」
「ええ。私、お腹がすきました」
「ったく、しょうがないな……」
ゼンが口笛を吹くと空から一匹の小型竜が現れた。
ゼンはその爪に気絶しているソウヤを掴ませると、セスに後ろに乗るよう促す。
「明日からはまたどうでもいい書類の整理と苦情処理の毎日だ。奢ってやるから協力頼むぞ?」
「いえ、私は外回りに行きます」
「なんでだよ……」
羽ばたく竜の背中で二人はそんな益体のない会話をしながら日常へと戻っていく。
彼らは異世界転生対策課。
ある時はただの窓際公務員。
そしてある時は人知れず罪を犯した異世界人を裁く――異世界の盾である。
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