第7話 神威を断つ拳(2)

ギィン、と。甲高い音が夜の森に木霊した。


残像を残すほどのスピードでゼンの手甲とソウヤの剣が交錯する。


「くそっ、なんでコレと打ちあえてんだ!」


ソウヤがもどかしげに悪態をつく。


どうやらその手に持つ剣の力が効力を発揮していないことに困惑しているらしい。


だが当然である。ゼンは剣とまともに打ちあってはいない。振るわれる剣の腹を叩くことで剣撃を弾いているのだ。


ゼンはソウヤと最初に出会ったときからその剣が魔剣の類であることを見抜いていた。どんな力を秘めているにせよ、馬鹿正直に受けるわけがない。


右からの袈裟けさ切り、左からの薙ぎ払い、大上段からの振り下ろし。


ゼンはその全てをことごとく迎撃していき――


「ふッ――!」


渾身の力で柄頭つかがしらを殴りつけた。


「ああっ!?」


ソウヤの手から剣がすっぽ抜け、宙を舞う。


武器を失い狼狽するソウヤ。ゼンはその顔面に右ストレートを叩きこんだ。


「ぐああああ!」


そこでゼンの猛攻は終わらない。


もんどり打って吹き飛ぶソウヤに追いすがり、樹の幹へと叩きつけられたソウヤの懐へともぐりこむとめった打ちにしていく。


「ちょっ、待っ……! ぶっ!? べっ! ばっ!」


ゼンは打撃によってソウヤの体を右へ左へと振り回す。


障壁に阻まれダメージは皆無だろうが関係ない。人に殴られるというストレスを与えられればそれでいい。


「待てって……言ってんだろうがぁぁぁぁ!」


「っ!?」


地面が爆発した。


ソウヤが足を踏み鳴らし、地表を破壊したのだ。


ゼンは咄嗟に跳び退くが間に合わない。放射線状に飛び散る土砂に呑み込まれ、空中へと打ち上げられる。


「お返しだぁ!」


ソウヤの周囲にいくつもの魔方陣が出現した。


それぞれ異なる形状をもつそれらは光り輝き、臨界に達すると大魔法を解き放つ。


業炎が、暴風が、雷が森を蹂躙しながらゼンへと飛来する。


「無駄だ」


しかし、ゼンに動揺はなかった。


空中で身を捻ると自身に迫る雷へと手をかざす。そして着弾するその直前、勢いよく振り払った。


そして――。


「はぁ!?」


雷が曲がった。


まるでゼンの手に導かれるようにその軌道を変え、明後日の方向へと逸れていったのだ。


唖然とするソウヤを余所にゼンは続けて業炎と暴風の軌道をも逸らすと、着地する。


「――終わりか?」


「く、そ……!」


悔しそうに歯噛みするソウヤを見て、ゼンは拍子抜けしたように眉根を上げた。


「なんだ、本当に終わりなのか? この程度ならそこらの中級遊騎士のほうがよっぽど強いぞ」


「調子に乗んなよ……! 俺はまだ微塵も本気を出してない!」


「ならさっさとしろ。もっとも、大したものじゃないんだだろうが……」


「……ッッ!! 上等だぁぁぁぁぁ!」


激昂したソウヤから大量の魔力が迸った。


スキルによって無尽蔵に生成されるそれはバチバチと帯電のような現象を起こし、森を駆け巡る。


「ふぅー……」


ゼンは深く息を吐くと構えをとった。


意図的に挑発しているとはいえ、癇癪かんしゃくを起した異世界人の本気はもはや災害の類だ。一つの失敗でゼンの命など簡単に消し飛んでしまうだろう。


それを回避するべく脳内で想定しうる攻撃ねの対処法を構築していく。


静かな森にゼンの息遣いと荒れ狂う魔力の音だけが聞こえていた。



「おらぁぁぁぁ!」



先に動いたのはソウヤだった。地面を爆発させ、凄まじい速度でゼンへと飛翔する。


二人の距離は一瞬で零となり、拳がうなりをあげて振るわれた。


ゼンはそれを腕を回転させることで受け流すが、殺しきれない衝撃が鎌鼬かまいたちとなって頬を裂く。


「まだまだぁ!」


高速の連撃がゼンへ襲いかかる。


それはまさしく砲弾の雨。素人同然の動きから放たれる拳がスキルによって必殺の威力へと昇華されていた。


「ぐッーー!」


ゼンはひたすら守りに徹した。


正面から受けるのを避け、先ほど剣に対してしたように力学的に弱い場所を狙い打っていく。


だが、如何いかんせん威力が桁違いすぎる。攻撃を弾くたびに籠手が破壊されていき、その下の腕もボロボロになっていく。


「ほらほらほらほらぁ! いつまで耐えられるかなぁ!」


「――っ」


ゼンは一方的ともいえる攻防に腕の限界を感じ始めていた。


肉が裂け、拳が割れ、やがて右腕が力を失って垂れ下がる。


両手が使えてようやく保てていた均衡が崩れ、生まれた防御の穴へと致死の一撃が迫る。


「《リーン》」


「な……」


だが、ゼンにとってそんなことは織り込み済みだった。


治癒魔法を発動し、繊細なコントロールで損傷部のみに集中させる。魔力と親和性が高くなるように改造した腕は一瞬で元の状態に戻り、再びソウヤの攻撃を阻む。


そこからは同じ展開の繰り返しだった。


――防ぐ、壊れる、治す。防ぐ、壊れる、治す。


いつまでも、どれだけ損傷しても。


ゼンは堪える様子もなく腕を治しては攻撃を捌き続ける。


そんな人間性を感じない立ち回りにソウヤの顔色が興奮の赤から恐怖の青へと変わっていく。


「なんなんだ……なんなんだよお前ぇぇぇぇぇ!」


「隙あり」


ゼンは動揺で大振りになったソウヤの腕に組みつくと身体を回転させ、その勢いのまま地面へと叩きつけた。


「けほっ!?」


障壁ごしに肺の空気が押し出されソウヤの身体が弛緩する。


ゼンはその隙に技をかけて拘束、掴んだ腕の関節を逆方向へと曲げた。


どれだけ強固な肉体であっても力が入っていない状態でなら人体の構造的弱点からは逃れられない。


ソウヤの腕がミシミシと音をたてて軋み始め――


「調子に……乗んなぁぁ!」


あと一歩のところでソウヤが復活した。強引に技を解除され、腕だけで振り払われる。


ゼンは内心で舌うちしながら地面を転がって身を起こすと、ソウヤへと視線を向けた。


「くそ! クソクソクソ!」


怒り心頭。まさにそんな様子だった。地団太を踏んで何度も地面を揺らしている。


ゼンはその様子を冷めた目で見つめると口を開いた。


「大変そうだな。どうしてこうなっているのか教えてやろうか?」


「黙れチート野郎! さっきから俺のスキルをことごとく攻略しやがって、ふざけんな!」


「チート? ああ、異世界の言葉か。たしか不正な手段で強くなることの蔑称だったな……っふ」


ゼンは吹きだしそうになる思わず口元を抑えた。


この異世界人はその言葉がそのまま自分に返ってくることに気づいていないのだろうか。


あまりの滑稽さにこらえきれなくなり、押し殺したような笑いを漏らす。


「なに笑ってんだ! そのものだろうが!」


「クク、ク……ふぅ。一緒にするな。俺の力はすべて研究と研鑽によるものだ。余所からもらった偽物の力に責任も負わず、馬鹿面さげて使っているお前とは違う」


「……あ?」


「聞こえなかったのか? ふむ、ならもう少し刺激的な言葉を贈ろう――」


そう言ってゼンは考えこみ、そしてソウヤの目を見て


「イキるなら本物の力でやれよ。ぱちもん野郎」


「……。…………。あーそう。もういいや」


ゼンの言葉を聞いた瞬間、ソウヤから表情が消える。そして両手を頭上へと掲げると呟いた。


「ならその偽物の力で消し炭にしてやるよ」


大気が渦を巻き、凄まじい量の魔力が収束していく。


やがてそれらは赤熱し、バチバチと帯電していくと極小の太陽とも呼ぶべき球体を形づくる。


「これは……」


「ハハハハハ! どうだっ! 俺の〈全属性魔法〉スキルで使える最強の魔法だ! 数十キロ四方を蒸発させ、爆心地を不毛の土地へ変える! ほら言ってみろよ! お前のいう紛い物の力にどうやって抗うのかさぁ!」


ソウヤが抑えていた感情を爆発させて吠える。


なるほどたしかに最強の名にふさわしい圧倒的な魔力量である。これを受けて生き残れる生物をゼンは片手で数えるほどしか知らない。


だが、それを前にしてなお、ゼンの心は折れてはいなかった。凛とした目でソウヤを見据え、口を開く。


「抗う? 違うな。俺は理解させるだけだ。力は、それを御する精神があって初めて真の強さを持つ。どんなに強力な魔法が使えようと意味はない」


ゼンは構える。


右手の甲を前に、左手を腰だめに。そして目の前の絶対的な力を前に言い放つ。


「来い。教えてやろう。人の揺るがぬ意志と、果て無き研鑽が生みだした――本物の力を」

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