第6話 神威を断つ拳(1)
「おい、やってくれたな! 毒に不意打ち、卑怯な手ばっか使いやがって! 俺に恨みでもあんのか!?」
目の前でわめく異世界人を冷めた目で見つめながらゼンは冷静に戦況を分析していた。
こちらは無傷。だがそれはソウヤも同じ。一般的な金属鎧なら粉砕できる力で殴ったにも関わらず顔面に損傷は見られない。
「ふむ……」
これまでの研究から異世界人のスキルという力が脳に依存するものだということは調べがついていた。
だからこそゼンは生理現象による脳機能の低下でスキルの発動を阻害し、防壁を維持できなくさせた。にも関わらず無傷ということは――。
「もう少し調べてみるか」
「は……?」
ゼンは駆けだした。そして一瞬でソーヤの背後へと回りこむと指の関節を鳴らす。
さっきの手はもう使えない。ならば使うのは障壁の上からでも有効な攻撃手段――
「三式――
掌底が叩きこまれた。
硬度に関係なく対象の内部へと浸透する衝撃がソウヤの障壁を素通りし、直撃する。
「うおっ!?」
エビ反りになるソウヤをゼンは観察する。
効いている様子はない。竜ですら
「なにすん……だっ!」
お返しとばかりに拳が放たれる。
ゼンはそれを紙一重で回避すると距離をとり、考察を始めた。
二度の攻撃の中でソウヤからは異世界人が使うスキル特有の気配を感じなかった。ゼンの攻撃は確実に生身にはいっている。
つまり――
「肉体そのものの強度が異常なのか……化け物め」
これではいくらスキルの弱点を突いて攻撃しても意味はない。せいぜい羽虫の一刺し程度のわずらわしさしか与えられないだろう。
となるとゼンに残された手段は一つ。切り札を使うしかない。
「おい! 無視すんな! 聞いてんのか!」
「……ん? ああ、すまん。なんだったか」
ゼンはあえて聞こえていなかったフリをした。
戦闘において相手の言動から思いがけない重要な情報を得ることもある。だからソウヤの言葉も耳に入ってはいたが、切り札を使うために怒らせる必要があったのだ。
「ッ! だから、なにが目的で俺を襲ったのかって聞いてんだよ! 恨みでもあんのか!?」
案の定、火に油を注ぐことに成功したようでソウヤの怒りが目に見えて増していく。
ゼンはほくそ笑むとさらなる燃料を投下した。
「恨み? そんなものはない。さっきも言っただろ。察しろよ馬鹿」
「この……!」
「俺がお前を攻撃したのはお前が村の益獣を全滅させたからだ」
「はぁ?」
ゼンの回答にソウヤは一瞬意味がわからない、といった顔をした後、はぐらかされていると思ったのか再び怒りに顔を染めていく。
「だから! それでなんで俺が襲われねーとなんねぇんだって!」
「まだわからないのか? はぁ……」
「……っ!!」
ヒクヒクとこめかみを震わせるソウヤ。
ゼンはそんなソウヤに対して出来の悪い生徒に教えるような口調で説明を始めた。
「いいか? あの村は特殊な作物を栽培していた。だがそれはエルゴアという凶暴な魔物の主食でもある。だから村の周囲ではエルゴアが本能的に忌避する動物が放し飼いにされていたんだ」
「それが俺になんの関係が……ん? ちょっと待て、もしかして」
言い返そうと口を開いたソウヤは途中でなにかを察したように顔色を赤から青へと変化させる。それを見てゼンはようやく気づいたかとばかりに溜息をついた。
「ああ。それをお前は全滅させたんだよ。さっき村に寄ったと言ったがあれは嘘だ。ローレ村はもうない。お前のせいでウルゴアに襲われてな」
「し、知らねぇよそんなの! 俺は異世界に来たばかりなんだぞ!? そんなことわかるわけが……っ」
「知らない? おかしいな。お前たち異世界人が遊騎士として活動するには帝都から派遣される対策課職員から事前に講習を受ける必要があるはずだが」
「そ、それは……」
ゼンの指摘にソウヤは突然口ごもり、目線を逸らした。
やはり出発前に得た情報どおりだったらしい。
ゼンはなんとか言い訳を探そうとするソウヤに向けてどうでもよさそうに手をヒラヒラとさせると口を開いた。
「ああ言わなくていい。おおかた報酬を全て譲る代わりにどこぞの不良遊騎士に代理受諾させたんだろう?」
本来は簡単なはずの資格試験に通らなかった人間が怪我で稼げなくなった遊騎士と結託しておこなう違法行為。
組合が定期的に摘発してはいるものの、残念ながら撲滅には至っていない。
遊騎士組合に登録する際に警告されるはずだが、まさか逆に実行してしまうとはなんとも呆れたものである。
「は、はぁ!? そ、そんなことして俺になんの得があんだよっ」
ソウヤがわかりやすく動揺する。
ゼンはその様子に歯を噛みしめるとビシリ、と指を突きつける。
「さっき言っただろ! 経験値のうまい魔物がたくさんいたと! 経験値というのがお前のような種類の異世界人にとって重要なものだということは知っている!」
「う……」
ゼンは自身の抑えていた感情が昂っていくのを感じた。
対策課の人間としては未熟な情動。だがそれを理解しつつも止めるわけにはいかなかった。
「この世界でお前がどう生きようが構わない。俺たち対策課も可能な限り協力する。だがな……」
ゼンは上着のボタンを一つ、また一つと外していく。そして脱いだそれを放り投げると、拳を覆う手甲を打ち鳴らし肘まで展開する。
「どんな存在だろうが、どんな力を与えられようが、この世界に生きるなら法に従え! この世界はお前だけの玩具箱じゃない!!」
ゼンは吠える。目の前のソウヤだけにではない。まだ見ぬ異世界人に、それを送りこむ異界の神に。
「国がお前たちを裁かないというのなら、俺たちが裁く。異世界転生対策課、ゼン・イスクード――対象を断罪する……っ!」
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