第5話 負の側面(2)
「おらぁぁぁぁ!」
喜悦を含んだ雄たけびが夕暮れに木霊した。
黒髪の少年が剣を振るうたび突風が巻き起こり、魔物が千切れ飛んでいく。
その様子に群れの長らしき大型の個体は慌てて逃げようとする。
だが。
「逃がすか!」
少年は自身の一撃によって開いた道を弾丸のように駆け抜ける。そして百メートル近い距離を一瞬でゼロにすると、剣を振り上げた。
「これでっ、ラストぉ!」
剣閃は的確に魔物の首へと叩きこまれた。バツン、という音と共に首が地面へと転がる。
少年――異世界人、ソウヤはそれを満足気に確認すると剣を鞘へと納めた。
「……ふぅ」
この世界にきて二日目。
ソウヤはたしかな手ごたえを感じていた。
無限の魔力に、無限の体力。まるでゲームのように豊富なスキルという力。
どんな相手だろうと負ける気がしない。
腕試しに転移してきた場所の遊騎士組合に登録したが、この分なら帝都の本部に移っても問題なく頂点を取れるに違いない。
ソウヤは空を見上げる。
夕陽は沈みかけ、まもなく夜になろうとしていた。
ここにくる途中、いくつか寄り道をしてきたせいですっかり遅くなってしまった。
今からだと確実に夜の森を歩くことになる。
「…………」
――走って帰ろうか。
一瞬、そんな考えが脳裏をよぎった。
不可能ではない。自分には無限の魔力がある。
高位の身体強化の魔法を使って全力疾走すれば夜になる頃には町に戻れるかもしれない。
「いや、いやいやいや」
だが、ソウヤは即座にその考えを否定する。
別にやれないことはないが、帰宅のために森や街道をマジ走りなど間抜けにもほどがある。
もし町の人間に見られでもしたら
今日はもう用事もないし、町には深夜でもやっている食堂がある。
たまにはゆっくりと夜風に当たって興奮の熱を冷ますのもいいだろう。
そう思い、ソウヤは歩きだした。
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しばらく歩いていると視線の先、木々の隙間に光が見えた。
ソウヤが不思議に思い近づくと、そこには一人の男が焚火をして座っていた。
「ああ、よかった。会えましたか」
「……誰?」
ソウヤは男の自分を探していたかのような口ぶりに首をかしげた。ソウヤの記憶が正しければ会ったことはないはずだ。
「失礼しました。私、異世界転生対策課のゼンと申します」
「異世界転生対策……ああ! たしか俺みたいな異世界人のサポートをする部署だっけ。組合に登録したときに帝都から来るって言ってたわ!」
「ええ。ご挨拶に伺おうと行き先を聞いてここに。遅くなりまして申し訳ありません。お詫びといってはなんですが……どうぞ」
そう言ってゼンがさしだしてきたのは温かそうに湯気をあげるスープだった。中にはゴロゴロと大ぶりな肉や野菜がたっぷりと入っている。
「おおっ、気がきくな!」
ソウヤは好意に甘えてスープを受け取ると、ふーふーと冷ましながら胃に流しこんでいく。
「おー、うめぇ!」
「ははっ、それはよかった」
ちょうど温かいものが食べたいと思っていたところだったのだ。ソウヤの中でゼンという職員の評価が少しだけ上がる。
「……ところで一つお聞きたいのですが、ソウヤ様は昨日、ローレ村の依頼を受けられましたよね?」
「フーッ、フーッ、ズズッ。ローレ村……?」
ソウヤは聞き覚えのある名前に考えこむ。たしかつい昨日、そんな名前を見た気がしたのだ。
「あっ、思い出した。昨日受けた依頼の村がそんな感じだったわ。それで? その村がどうかした?」
「いえ。道中で寄ったのですが討伐対象以外の魔物の姿も見当たらなかったので……」
「ああ、それな! 実は依頼にあった魔物とは別に経験値がうまいやつが大量にいてさ。ついでに全部倒しちゃったんだよ」
ソウヤがいくら攻撃しても反撃してこず、逃げ足も遅いので某銀色のスライムよりおいしい魔物だったのである。
「……なるほど。ちなみにその依頼はソウヤ様のみで?」
「ん? そりゃ……あ」
「どうしました?」
ソウヤは狼狽した。
たしかに依頼を実行したのはソウヤである。しかし目の前の男――特に遊騎士組合の職員には言いずらい事情があったのだ。
「えっとー。まぁ、そうだな。うん」
「……そうですか」
ソウヤの返答にゼンが顔を俯かせ、そう一言呟いた。そして再び顔をあげるとこちらを見る。
ソウヤはその表情に息をのんだ。
一見、能面のような無表情。
だがその目には絶望や憎悪、そういった感情を何重にも塗り重ねてできた極限の黒を宿していたのだ。
殺気を感知するスキルに反応はない。だから恐れる必要はないはずなのだが、ソウヤは悪寒を止められなかった。
生まれる静寂。そして不意にゼンが口を開いた。
「――ところで知ってるか? そのお前が全滅させた魔物、あの村では益獣として放牧されていたことを」
「えき、じゅう? なに言って……」
――不意に視界がぐらりと揺れた。
「……は?」
まるで車酔いをしたような不快感。襲いくる吐き気にソウヤはふらつく。
あり得ない。気持ち悪い。なにが起こった。
ソウヤは定まらない思考の中で一つの結論にいきつく。
目の前の男が毒を盛ったのだ。
だがおかしい。ソウヤには常にあらゆる状態異常を無効化するスキルがかかっている。どんな毒であろうと効果を発揮するはずがない。
「なに、しやがった……っ! 俺に毒が、通じるはずが……」
「だろうな。お前たち異世界人には『スキル』とかいう力がある。この世界にはない、魔力を使うことなく
「せい、り……げんしょ……」
「ああ。さっきのスープにはゴウールの肉とネリの葉が入っていた。あれらは一緒に
いつのまにかゼンが目の前にまで来ていた。だが逃げようにも体にうまく命令が届かない。
ふらつくソウヤへとゼンが右手を大きく振りかぶる。
「……っ! ろ、ろーる……《ロール・バック》! ぶっ!?」
顔面に拳が突き刺さった。
ソウヤは宙を舞い、地面へと倒れこむ。
「ほら次だ」
顔をしかめるソウヤの耳にゼンの煽るような声が聞こえた。
慌てて顔を上げるとそこにはこちらを踏みつけようとするゼンの姿があった。
朦朧とした意識では迎撃はおろか避けることもできない距離。直撃は避けられない。
「《エアロ・バースト》!」
だがすでにソウヤの意識ははっきりとしていた。殴られる直前、体の状態を平常時に戻すスキルを使っていたのだ。
迎撃用のスキルを発動し、全方位に凄まじい衝撃波をばらまく。
周囲の木々が跡形もなく粉砕されていき、数秒後にはソウヤの周囲にはなにもなくなっていた。
「……」
静寂に包まれる森。
ソウヤは立ち上がると数メートル先を睨んだ。
「驚いたな。これまで色々な異世界人に出会ってきたが、衝撃波が出てくるやつは初めてだ。おまえ、一発芸の才能あるぞ?」
そこには何事もなかったかのように無傷で服を払うゼンの姿があった。
信じられないことにゼンは足を振り上げた片足立ちの状態からバク中して衝撃波から逃れたのだ。
「……くそっ!」
ソウヤはゼンの挑発に歯噛みした。
目の前にいる男はどこからどう見てもただの一般人、モブだ。なのにそんなモブにこの世界の主人公である自分が翻弄されている。
ソウヤはそんな認められない事実を振り払うようにゼンへと剣を突きつけた。
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