第4話 負の側面(1)

ゼンが遊騎士組合に到着すると、中はいつものどおりの光景だった。


仲間と依頼の張り紙を眺める遊騎士に受付に成果を報告する遊騎士。


とても村の壊滅の報せを聞いたあとの様子とは思えない。


「さっきの件はまだ公表してないんですか?」


「……うん。知ってるのは対策課の課長と私だけ」


ゼンはリュミの言葉に首をかしげる。


「……なぜリュミさんも? 私を呼んでくるだけなら事情まで話す必要はないはずですが」


「うえっ!? あー……その、偶然盗み聞きしちゃって」


「……はぁ」


ゼンは思わずため息をついた。


リュミが言いふらすタイプでないのは断言できるが、それにしたって情報管理が甘すぎる。


「で、でも詳しいことはなにも聞いてないから!」


「そうじゃないと困りますよ。こういう緊急時の対策課の活動内容は上位の秘匿事項なんですから」


「だ、だよね。課長からもそう言われた……ちなみに先輩後輩のよしみで教えてくれたり――」


「駄目です」


リュミが肩をがっくりと落とすが見なかったことにする。


魔力濃度系の分布図を見せたときとはワケが違うのである。


「待て」


ゼンが組合の職員通路へ向かおうとすると、横から声をかけられた。荒々しく低いその声色に隣のリュミが顔を青くする。


「あ、あ……」


「ご苦労、リュミ。ここからは俺が変わろう」


そこには歴戦の猛者、その言葉を体現したかのような男が立っていた。


バルタネス・ヴェイロン。この国に点在する遊騎士組合、その全てを束ねる組合長である。


「お、おはようございます、組合長……え、えーっと、事情はご存知で?」


「知らん。だがお前が組合を真っ青な顔をして飛びだすのが見えてな。何事かと思ったが……」


そこで組合長はゼンへと鋭い視線を向ける。


「またお前らか対策課。俺の城であるここに政府のお偉いさんを招いてなにをしている?」


「え……」


組合長の言葉にリュミが困惑の声をあげる。


どうやら本当に詳しいことは聞いていないようである。


ゼンは安堵すると組合長へと頭を下げる。


「も、申し訳ありません。私にはお答えする権限が……どうしてもとおっしゃるのでしたら帝国議会に陳情していただければと」


「ほう? 自分のバックには大物貴族がいるんだぞ、そういう脅しか?」


目を細めた組合長にゼンは慌てて首を横に振る。


「め、滅相もない! 私はただ――」


「一つ言っておくが」


ゼンの弁明を組合長は遮った。そしてその目に真剣な光を宿らせる。


「俺は対策課が嫌いだ。お前んとこの課長――ロンメルの頼みだから設置させてやったが、やってることは異世界人どもの尻拭い。お前みたいな人材を腐らせていい場所じゃねぇ」


「……組合長」


ゼンは困ったように眉根を寄せた。


なにを見てそう思ったのか組合長はゼンのことをやたらと買っている。光栄ではあるが、ゼンにとっては都合が悪かった。


「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいですが……買いかぶりです。私はただの窓際職員ですので」


「……フン、まぁいい。行け。お偉いさんが対策課でお待ちだ」


そう言って引き返していく組合長をゼンはしばらく見つめた。


怒っていた理由がソレとは見た目に似つかわしくないお人よしである。組合長がいれば遊騎士組合はまだまだ安泰だろう。


ゼンは苦笑するとその姿が見えなくなったのを確認して歩きだした。



 ************



「失礼します」


「やぁ、待ってたよ」


職員用通路を通り、対策課の扉を開けるとそこには二人の男がいた。


一人は柔和な雰囲気の丸眼鏡の男。そしてもう一人は長い金髪を襟足で束ねた男だった。


「お疲れ様です、ロンメル課長。そして……お久しぶりです、クロードさん」


「前回会ったのは一年前だったかな?」 


クロードと呼ばれた金髪の男はそう言って懐かしそうに眼を細める。


「あのときは本当に助かった。君が対処してくれなかったらどうなっていたことか」


「いえ。俺は――」


と、そこまで言いいかけてゼンは言葉を止めた。そして咳払いをすると再び話し始める。


「私はなにも。平職員にできることをしただけでして……」


「……うん? ああ、なるほど」


ゼンの様子にクロードは首を傾げた。そして納得したように手を打つと、正面に座っているロンメルに視線を送る。


ロンメルはコクリ、と頷くと扉の方へと静かに近づき――勢いよく開いた。


「わぁ!?」


開かれた扉につられ、外から人が転がりこんできた。


床にぶつけた頭を痛そうにさする少女にゼンは溜息をつく。


「リュミさん、駄目っていったじゃないですか」


「ご、ごめん……」


「……」


シュンとするリュミにゼンは逡巡する。その肩にロンメルが手を置いた。


「まぁまぁ。おおかたゼンくんが心配で来たんだろうが……組合長も見過ごすとはとは人の悪い」


「ち、違っ……くないですけど……」


唇を尖らせるリュミにロンメルは生暖かい目を向ける。そして諭すように言う。


「心配しなくとも大丈夫ですよ。現場の人間から近況を報告してもらっていただけです。ですから安心して業務に戻ってください?」


「ロンメル課長……ホッ。わかりました、戻ります」


怒られると思っていたのかリュミは安心したように胸をなでおろした。そしてなぜかゼンを一瞬だけ見ると部屋を出ようとする。


「ああそうだ、リュミくん」


「あ、はい。なんですか課長?」


「一度目は許すけど……二度はないからね?」


「ひっ!? すみませんでしたー!」


にこり、と意味深に笑う課長の笑顔にリュミは顔を真っ青すると逃げるように対策課をあとにした。


「……?」


ゼンは首をかしげた。今のやりとりになにか違和感を感じたのだ。


だが、すぐに思い直す。今はそんなことを考えている暇はない。


ゼンは気にしないことにしてリュミを見送った。


「さて、これで気兼ねすることなく話せるようになったわけだが……つもりだい、ゼン」


リュミが去ったあと、静まった室内でクロードがそう言った。


その言葉にゼンはゆっくりと眼鏡を外し、口を開く。


「……やっとか」


ゼンはクロードの言葉にゆっくりと眼鏡を外した。そしてジト目で睨む。


「あー……危なかった。発言には気をつけてくれよ、クロードさん」


「すまないね。なにせ君のように気配を探れないものだから」


申しわけなさそうに謝罪するクロードにゼンは肩をすくめる。


その態度にロンメルは呆れたような顔をした。


「しかし君ねぇ。素に戻るにしても敬語まで外すのはどうなの。一応この方は帝国議会議員だよ?」


「はいはい、恐れ多い恐れ多い」


「やれやれ……」


ロンメルが嘆かわしそうに手で顔を覆う。


そんな二人のやり取りを見てクロードは苦笑した。


「構わないよ。私と彼は利害の一致で協力している間柄。関係は対等だ」


「……どうも。それで……本当なのか? リュミさんの言ってたことは」


「うん。まずはこれを見てくれ」


クロードが手に持っていた資料を差し出してくる。


ゼンはそれを受け取ると、パラパラとめくっていった。


「いったい何の――っ! これは……」


資料と共に渡された数枚の写真、それを見てゼンは目を見開いた。


崩壊した家屋、荒らされた田畑、転がっている魔物の死体。


そこに映っていたのは村――いやかつて村であったものだった。


「裏の市場にこの村でしか獲りえないものが流れていたから嫌な予感がしてね……調べてみたらこの通りだ」


「この建築様式、見覚えがある……っ! たしかローレ村、いったいなにが――いや、その前に村人は!?」


「幸いほとんどが軽傷だったが残念なことに重傷者が数名、そして……死者が一名出ている」


「……まさか昨日の異世界人が?」


ゼンの言葉に横にいたロンメルが首を振った。


「いや違う。今回の犯人は君が担当している異世界人じゃない」


「なら誰が……!」


ゼンは自分の担当だけでなく、部下の担当の異世界人にも注意を払っていた。昨日の時点で事件を起こせる異世界人はいないはずである。


「わかっているだろう? 昨日この世界にきたばかりの異世界人だ」


「……っ! そんな……」


「いくら対策課といえど知らせが届く前では対応できない。こういうことが起こりうるから各支部にも対策課をおくよう進言していたんだが……無念だ」


ゼンは悔しそうに臍を噛むと、クロードへと視線を向けた。


「帝国議会は? 国賓として扱っている異世界人が自国民に危害を加えたんだ。当然、対応するんだよな?」 


「ああ。では内務卿補佐として政府の決定を伝えよう――今回の件、異世界人の仕業であることを表沙汰にするわけにはいかない。対策課は速やかに当該地点の痕跡を抹消せよ、とのことだ」


つまりは事件の隠蔽。


政府が国民の生命よりも自国の利益を優先したということである。


「……いつもどおりというわけか。だが――」


「ああ。それでよしとするつもりはない。件の異世界人、野放しにすれば第二、第三の悲劇を生み出すだろう。よってここからは対策課の設立者として君に密命を伝える。ゼン・イスクード、今こそ対策課の真の業務を遂行せよ」


「……珍しいな。あんたが俺に直接指令を出すなんて」


「なに、対策課の現状を把握しにきたついでだ。君の仕事ぶりを私に見せてくれ」


ゼンは静かに目を閉じた。そして覚悟をこめた眼差しを??へと向ける。



「了解した。ゼン・イスクード、これより対策課の信念に基づき――対策を開始する」

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