第2話 ある窓際公務員の一日(2)

異世界人の反応を追って帝国北部の地方都市レーゼへとたどり着いたゼンはげんなりとしていた。


道行く人に異世界人の居場所を尋ねるたびに、やれ市場の競りを滅茶苦茶にされただとか、彼女と喧嘩してたら全治数ヶ月の怪我を負わされただとか、セットで悪評を聞かされたからである。


なんとか異世界人のいる酒場の前まで来たものの、これから味わう苦難の予感に気が重くなる。


「スゥー……ハァー……」


ゼンは回れ右して帰りたい気持ちを抑え、深呼吸を繰り返す。


異世界人のその多くは多感な思春期の少年。刺激しないよう気持ちを落ちつけなければならない。


「……よし。お邪魔しま――え?」


扉を開けたゼンは思わず間抜けな声をあげた。



――なにか巨大な物体が目前にまで迫っていた。



「うわぁぁぁ!?」


ゼンは咄嗟に真横へと飛び退く。そしてその数瞬後、飛来物は砲弾のように正面の店へと突っ込んだ。


棚が崩れる音と共に土煙をあげる商店。受け身から立ち上がったゼンは唖然とする。


「い、今の……」


避ける直前、ゼンの目は飛来物の正体を捉えていた。


だが信じられない。いま店につっこんだのは……人だ。それも軽装備に身を包んだ大男である。


なにがどうなったら飲食店から大男が飛んでくることになるのか。


意味不明な事態に『そういえば昔読んだ絵本で似たような話があったなー。ぽえー』と思考が半ば現実逃避を始め――


「……って違う!」


呆けている場合ではない。


ゼンは慌てて商店へと駆け寄ると片手をかざす。そして体内の臓器に意識を集中させ、イメージと共に手のひらへと流しこむ。


「“ヒューラスよ”!」


初歩的な風起こしの魔法が土煙を払い、中の状況を露わにする。


店内は滅茶苦茶だった。物が散乱し、倒れた棚の上には呻く大男とおろおろ狼狽する店主の姿があった。


「だ、大丈夫ですか!? いま治療をっ」


「う、うう……すまねぇ」


「いえ、それよりもいったいなにが? 飲食店の接客にしては乱暴すぎますが」


ゼンは治癒魔法をかけながら、一縷の望みにかけてそう訊ねる。


この町の遊騎士であろう大男をここまで派手に吹き飛ばす存在。答えはでているようなものだったが聞かずにはいられなかった。


「ゲホッ、ゲホッ……異世界人だ。団員と話してたらいきなり絡んできやがった」


「……」


ゼンは思わず天を仰いだ。


一歩遅かったらしい。件の異世界人はさらなる問題を起こしてしまった。


「えぇっとぉ、あなたが先に殴りかかって返り討ちにされたとか――ありませんよね。スミマセン……」


男の目に剣呑な光が宿ったのを見て、ゼンは即座に謝罪する。


もしかしたら男のほうにも過失があるかもしれない。そんな希望をこめた問いだったが儚く砕け散った。


「あんまりにもしつこいから注意しただけだ! そしたら『てんぷれ』がどうのとか言って蹴ってきたんだよ!」


「す、すみません! すみません!」


 ――てんぷれ。


その言葉にゼンは心あたりがあった。異世界人の言葉で型どおりの物語の展開などに対して使う言葉だ。


それをこの世界で口走るということは――


「いつものやつかぁ」


ゼンは溜息をつくと立ち上がり、近くにあった紙に自分の名前と対策課の連絡先を書いた。そしてそれをいまだ混乱している店主へと渡すと謝罪する。


「この度はこちらの管理下の異世界人がご迷惑をおかけしました。そちらに連絡していただければ今回の損害を補填させていただきますので」


「え? あ、ああ……」


異世界人がこれ以上被害を広げる前になんとかする必要がある。


ゼンはもう一度深々と頭を下げ、食堂へと踵を返した。



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