第1話 ある窓際公務員の一日(1)

「ンだからぁ! あのクソガキをどうにかしてほしいのよぅ、ゼンちゃぁん!」


「え、えっと……」


薬草採集から魔物駆除まで、民間のあらゆる依頼を請け負う遊騎士組合ゆうきしくみあい――その端にある一室に来訪者の大声が響きわたった。


口調とは裏腹の野太い声にゼンと呼ばれた少年はおもわず仰け反る。


「えっと、ローズリィさん? 念のためお聞きしますがクソガキというのは……」


「異世界人よ、異世界人! あいつのせいでアタシたち迷惑してるのっ!」


「……ですよね」


ゼンは内心で溜息をついた。


異世界人。三年前の世界大戦をきっかけに次々と確認され始めた異世界からの来訪者。


そして今では――超がつく厄介者。


組合の中でも一二を争う女性のみ(リーダーは乙女)で構成された遊騎士集団〈紫銀しぎんの乙女〉のリーダーである彼、いや彼女がここに来る用件なんてそれ以外考えられない。


最も、ゼンとしてはできれば違っていてほしかったのだが。


「それで具体的にはどのような……?」


「どのようなもなにも! いきなり現れて横からアタシたちの獲物を木端微塵にしたのよぅ!」


「な……」


ゼンは絶句した。


この業界にとって獲物の横取りはご法度中のご法度。まして木端微塵ともなると採取もろくにできなかっただろう。


依頼料に売却金、彼女らの損失は計り知れない。


「しかも悪びれもせずウチの子たちに『危ないところだったな。キリッ』ですって……? ナメんのも大概にしろやぁ!」


「ひ、ひぃぃぃ! スミマセン、スミマセン!」


ドゴォン、とカウンターを破壊する拳。ゼンはペコペコと頭を下げながら内心で頭を抱えた。


このままではマズイ。下手をするととんでもない事態に発展してしまう。


「あの、このことを他の遊騎士には……?」


「……ふぅ。言ってないわよ。ウチの団員にも口止めしてる。もし広まったらあの異世界人は袋叩き確定だもの」


「よ、よかった……ありがとうございます」


「当然よ。政府にとって市勢の支持が高いアタシたち遊騎士は目の上のたんこぶ。そんなアタシたちが国賓待遇こくひんたいぐうの異世界人をブチのめしたら対立が決定的になっちゃうじゃない」


ゼンは安堵の息を漏らした。


遊騎士というものは簡単な資格さえ取れば誰でもなれる関係上、直情傾向の人間が多い。ローズリィには悪いが今回被害にあったのが人格者の彼女で助かった。


「……安心してるとこ悪いけど、その分あなたたちには働いてもらうわよ?」


「は、はい! それはもちろん! 異世界人の起こす様々な問題に対処する――それが我々〈異世界転生対策課〉ですから!」


「あら頼もしい! ならくれぐれもお願いね。ゼン、ちゃん?」


ゼンは小首をかしげるローズリィに苦笑しつつも、もう一度確かに頷く。それに満足したのかローズリィは背を向けると手をひらひらと振って対策課を出ていった。


「いやぁ……大変だねー」


椅子に背を預け、一息ついていると不意に背後から声がした。


ゼンはゲンナリとした顔をするとしぶしぶ振りむく。そこにはゼンのよく知る人物がにやにやとした顔で立っていた。


「……なんの用ですか、リュミさん」


「なんの用とは失礼な。せっかく親切な先輩が閑職かんしょくに追いやられた哀れな後輩くんに差し入れをもってきてあげたというのに」


「はぁ……ありがとうございます」


ゼンはリュミの言葉に気のない返事をする。


長い橙色の髪に目鼻立ちの整った顔、抜群のスタイル。


以前まではそんな遊騎士組合きっての美人受付嬢であるリュミが差し入れにくるたびドギマギしていたが、今は違う。


その目的が冷やかしであることを知っているからである。


「というか閑職かんしょくって。いくらなんでもヒドイいですよ。ウチにだってちゃんと役割があるんですから」


「ああ、『異世界人の起こす様々な問題に対処する』ってやつ? それって厄介者を国賓扱いする政府の尻拭いってことでしょ?」


「……う」


ゼンは咄嗟に言い返すことができなかった。リュミのいうことは間違っていないからである。


政府が対策課の設立に踏み切った理由の一つに、異世界人の起こす問題による自分たちへの国民感情の悪化を防ぎたい思惑があったのはたしかだ。


「おまけに国が圧力をかけて設立させた部署なせいで組合からも余所者扱いの板挟み……閑職かんしょくじゃん」


「わかってますよそんなことでも仕方ないじゃないですか配属されちゃったんだしそりゃ俺だって嫌ですけどこっちにも色々と事情が――」


「わぁぁゴメンゴメン! わたしが悪かったから戻ってきてー!」


ハイライトの消えた瞳でブツブツと呟き始めたゼンにリュミが慌てふためく。なんとか正気に戻そうと肩をガクガクと揺する。


「だいたい政府も政府でもっとやりようががが――ハッ!?」


「あ。戻った」


ゼンは正気に戻ると目を瞬かせてリュミを見た。そして困惑するようにキョロキョロと周囲を見渡すと口を開く。


「えっと、どうして俺の肩を掴んでるんですか。なんか怖いです」


「……キミの労働環境、大丈夫?」


「?」


なぜか半目になるリュミにゼンは首をかしげた。そして何気なく机に視線を移し、先ほどまでのローズリィとのやり取りを書き留めた紙を発見する。


「やばいっ」


「うわっ!? どうしたの急に」


「こうしてる場合じゃないんですよ! 早く件の異世界人を見つけないと……」


ゼンは机の引き出しを開け、ガサゴソと漁り始める。その様子を見てリュミが呟いた。


「そういえば私、ゼンくんの仕事の様子って見たことないや。見てていい?」


「……はい? 嫌ですよ」


「いいじゃん、いいじゃん! ゼンくんの仕事っぷりを見せてよ!」


「えぇ……」


ゼンは嫌そうな顔をして考えこむ。いつもからかわれてばかりだが、なんだかんだリュミには世話にもなっている。無下にはしづらい。


「……まぁ、別に機密でもないからいいですけど」


「ほんと! やった」


「邪魔だけはしないでくださいよ?」


ゼンはしぶしぶといった様子で引き出しから一枚の地図を取りだすと、そこに描かれた無数の白い点へと視線を落とす。


「これは?」


「国内各所の魔力濃度計の分布図です。設置場所が白い点で描かれています」


「ならこの一つしかない赤い点は?」


リュミが指した場所には白い点ではなく一赤い点が描かれていた。その点は徐々に白くなっていき、代わりに隣接する点が赤く染まっていく。


「魔力濃度計の近くに特定の――登録した異世界人が垂れ流す魔力の反応があることを示してます。それが移動すると今みたいになるんです」


「へぇ……でも周りくどくない? 普通に追跡魔法でもかけちゃえばいいのに」


「はは……そうしたいのはやまやまですけど、異世界人は常にいくつもの魔法を発動してますから。もし逆探知でもされて暴れられたら最悪ですよ」


「や、厄介な……」


本当にその通りである。


最もそのおかげで一定期間でかけ直す必要がある追跡魔法とは違う技術体系を生み出すことができた。


今後の魔法技術の進歩に大いに寄与きよできた分、ゼンとっても一概に悪いことではなかったのだが。


ゼンは肩をすくめると近くの鞄をひっつかみ、地図をいれると外套を羽織った。


「行くの?」


「ええ。あ、そうだ。私が出ているあいだウチの課の誰かに受付を担当するように言っておいてもらえますか?」


「ええー」


ゼンは顔の前で手をあわせるとリュミに拝み倒した。


対策課のメンバーは一癖も二癖もある人間ばかりだ。上司であるゼンが命令しても簡単には従わないだろう。


だが、そんな彼らもなぜかリュミの言うことだけは素直に従う。了承してもらえると大幅な時間短縮ができる。


「親切な先輩なんでしょう? では」


ゼンは皮肉たっぷりにそう言うと、一本とられたような顔をするリュミに背を向けて組合を飛び出した。



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