第122話 始末

「さて、待たしたな」


 オレは地面に転がるジョルジュへと視線を向ける。ジョルジュの手は後ろ手に縄で縛られ、その縄の先はオレが握っている。クロエに刺された傷もそのままだし、このままジョルジュが逃げることは叶わないだろう。


 ジョルジュもそれは分かっているのか、悔しげに顔を歪めている。表向きはな。


「へへッ。アベルの旦那、見逃してくれよぉ。俺はべつに旦那たちに敵対しようなんて思ってもいなかったぜ? 全部、ブランディーヌたちが勝手にやったことだ。頼むよ旦那。衛兵に突き出されちまったら、きっと俺は一生奴隷になっちまうよぉ」


 悔しげな顔から一転し、ジョルジュが情に訴えてくる。だが、オレにはジョルジュの狙いが透けて見えていた。


 ジョルジュは、裏社会ともコネのあるシーフだ。衛兵に突き出したとしても、きっと独自のコネで悠々と出てくるだろう。だから、ジョルジュは衛兵には突き出さないでくれと懇願しているのだ。ジョルジュの話術で、見逃すか衛兵に見逃すかの選択を迫られているのである。


 敢えて片方は無理難題を、そしてもう一つにはそれよりも多少マシな二択を提示し、選ばせる。詐欺師がよく使う手段だ。本当は、無限に取れる手段があるというのに、相手に選ばせることによって二択に手段を絞るのだ。


 この場合、見逃されればそれでよし、衛兵に突き出されても、独自のコネで釈放となるジョルジュにとって、どちらを選ばれても自由の身は確定しているのだ。


 だが、それを見切ったオレには、ジョルジュの策略は通用しない。


「ジョルジュ、オレはな、『切り裂く闇』の中では、お前を一番高く評価してるんだ」

「へ?」


 予想外のことを言われたのか、ジョルジュが間抜け面をさらす。


「だから、お前はここで殺すことにする」

「な!?」

「お前を逃がすと、後々がたいへんそうだからな。禍根はここで断つ」


 オレが断言すると、さすがにジョルジュもオレの本気に気が付いたのだろう。先程浮かべていた表情とは違う本気の懇願顔になる。


「だ、旦那、そいつは買い被りが過ぎてるぜ? 俺なんか、そのへんに居るようなチンケな小悪党さ。なぁ、考え直してくれよぉ。俺を衛兵に突き出せば、それだけで金になるんだぜ?」

「じゃあな、ジョルジュ。さよならだ」

「クソッ!」


 その瞬間、ジョルジュが跳ね起きる。いつの間にかその腕を縛っていた縄は切られ、両腕は自由になっていた。ジョルジュの右手には、変わった形のナイフが握られていた。おそらく、それで縄を切ったのだろう。


「死ねやぁあ!」


 それがジョルジュの最期の言葉となる。


 ダァンッ!!!


 路地裏に響いたけたたましい重低音の重なり。耳馴染みとなった音は、“ショット”の多重発動音だ。


 音が響いた瞬間、オレの前にジョルジュだった物たちが湿った音を立てて落ちた。ジョルジュは直接戦闘能力は『切り裂く闇』最低だが、とにかく隠し玉が多い奴だ。なにかをする時間も与えないほど、一気に片付けた方がいい。


「終わったか?」

「いや、あと一つ残ってる」


 オレはオディロンに短く答えると、地面に転がっている白銀の塊に歩き出す。


「やっぱり生きてたか。お前の耐久力は大したもんだな」

「…………」


 オレは必死に死んだふりをしているセドリックに話しかけた。反応はない。白銀の鎧のせいで、呼吸をしているのかも分からない。だが、オレにはセドリックは生きているという確信があった。


「セドリック、お前にはいざという時のために、治癒の宝具を渡していただろう? さすがに両足を生やすことはできなかったみたいだが、傷口が塞がってるぜ?」

「…………」

「だんまりか」


 未だに死んだふりを止めないセドリック。そういえば、コイツはそういう奴だったな。急な物事の変化にはとことん弱かった。おそらく、セドリックの頭の中では、どうするべきか結論が出ないのだろう。だから動かない。いや、動けない。


 まぁ、処分するには楽だがな。


「じゃあな、セドリック。お前には期待していたんだが、こんなことになって残念だ」


 それだけ言うと、オレは収納空間を展開して狙いをセドリックのヘルムに合わせる。


 バォウンッ!!!


 重苦しい音が響き、ビシャリと血が飛び散り、カコンッと血まみれのヘルムが転がる音が聞こえた。


 これで、全員だな。


 クロードは最初に弾いたし、その後はブランディーヌを斬った。グラシアンとジョルジュ、セドリックにも止めを刺した。


「はぁー……」


 なんだか体が重い。ひどく疲れている。だというのに、頭の中では『切り裂く闇』のメンバーとの楽しかった思い出が繰り返し流れていた。


 あんな奴らでも、最初は健気に慕ってくれたっけか……。


 だが、どんな奴だろうと、姉貴とクロエたちに手を出す奴は許さない。これは絶対だ。たとえ天地がひっくり返っても、この誓いだけは破られない。


「じゃあな、バカやろう……」


 オレはそれだけ呟くと、オディロンの元へと戻る。


「待たしたな。始末は終わった」

「んにゃ、それはいいが……。儂がやってもよかったんだぞ?」

「いや、これは譲れねぇよ。オレのしでかしちまったことだからな」

「そうか……」


 オディロンが心配そうにオレを見ている。そんなひどい顔をしてるのかねぇ。


「じゃあ、後のことは頼んだ」

「おう……」


 オレは重い体を引きずるようにして、屋敷への道をのろのろ歩くのだった。




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