第170話 打診
「う……ぐぅ……」
なんとジェイドは意識を保っていた。
しかし立ち上がるだけの力は残っていないようで、うつ伏せだった体勢から仰向けに転がるので精一杯のようだ。
「し……勝負あり!! 勝ったのは救世の英雄! 最強の勇者! レオ・クリードォォォオオオオ!!」」
ワッと歓声が巻き起こり場を支配する。
そういえば見られてたんだった、途中から頭から抜けてたな。
「救護班! 急いで!」
司会、実況の男は勝ち名乗りを上げてからすぐに救護班を要請する。
そうだな、早くジェイドの傷を治さないと……
それなら救護班なんかより……
既に回復し始めている魔力で【天駆】を使いよめーずたちの居る貴賓席へと飛び上がる。
空を駆ける俺を見て観客席からは再び大歓声……いや盛り上げるためじゃ無いから……
「イリアーナ!」
「ゆ、勇者様! お父さんが!」
「行こう、捕まって」
イリアーナを抱き上げて首に手を回させる。
しっかり捕まっていることを確認して再び宙を翔る。
キャーキャーと先程より黄色い声援が多い、やはり女性を抱いて空を走るというのは絵になるのだろう。
もしかして俺、最高に今かっこいい?
いらぬ邪念が湧いたが最短最速でジェイドの下へ無事に送り届ける。
回復魔法を掛けていた救護班の中の1人が俺たちに気付いて場所を空けてくれた。
「お父さん!」
「イリ……アーナ……」
イリアーナはジェイドの手を握って必死に声をかける。
声じゃなくて回復魔法掛けなさいよ……
「はは……お父さん、負けて……しまったよ」
「いいから! お父さんはゆっくり休んで!」
イリアーナは早く回復魔法掛けて!
「レオくんと……幸せになりなさ……い」
「おとうさぁぁぁあああん!!」
ジェイドは気を失ってしまった。
なんだろう、この居た堪れない気持ちは……
なんだかすごく悪いことをしてしまったかのような……
俺が悪いのか? 謝った方がいいのか? 誰に?
ジェイドが気を失ってからはイリアーナも回復魔法に参加してすぐに外傷は回復した。
流石は聖女、レベルはそんなに高くないはずなのに回復魔法の技量は圧倒的だ。
回復魔法の効果なのか、それともジェイド自身の生命力のなせる技なのか、ジェイドはすぐに意識を取り戻した。
わぁぁぁああと歓声が聞こえてきた。
俺はジェイドとイリアーナ親子のやり取りに気を取られて聞いていなかったが、どうやら視界の男がなにやら喋って場を盛り上げていたようだ。
少しすると、ジェイドが目覚めたことに気が付いたようでこちらに呼びかけ始めた。
「おーっと、ここで朗報! 救国の英雄、竜騎士ジェイド・アーヴィングが目を覚ましたようだ!」
呼ばれたジェイドは何とか立ち上がり、少し不安定な足取りで闘技場中央へと歩いていく。
慌ててイリアーナも駆け出してジェイドを支えていた。
ジェイドとイリアーナは大きな拍手に迎えられ手を振り返しながら進んでいく。
「さてさて? 先程華麗な空中歩行パフォーマンスを披露していた救世の英雄はどこでなにをしているのでしょうか?」
ジェイドたちに向けた拍手と歓声の合間に笑い声が聞こえた。
パフォーマンスじゃねぇよ……
このまま隠れていてもなんか変な期待が高まりそうなので素直に姿を現すことにした。
俺が現れると、再び闘技場内は拍手と歓声に包まれた。
ジェイドと同じように観客に答えながら進み、闘技場の真ん中あたりでジェイド、イリアーナ親子の横に並ぶ。
「それでは見事な戦いを見せてくれた2人の英雄に今一度大きな拍手をお願いします!」
今日一番の拍手と歓声に包まれ無事模擬戦という名の見世物を終えることが出来た。
その日の夜、俺とジェイド、イリアーナは皇帝陛下から夕食に招待されていた。
「凄まじい戦いだったの、見事であった」
「勿体なきお言葉」
俺たち3人は皇帝陛下からの労いに頭を下げている。
「それでレオよ、ジェイドの強さはどうであった?」
「間違いなく強者でした。おそらくですが……私が倒した勇者や四天将より強いのではないかと」
四天将の場合、取り巻きさえどうにかして1対1で戦えば聖槍を装備したジェイドなら勝てると思う。
対多数の大技があるのなら取り巻きが居てもなんとかなるかな?
勇者に関しては……正直強さはイマイチ分からないけど、あの状況で立ち上がれない者にジェイドが負けるとは思わない。
それにあの【因果逆転】の攻撃、おそらく対処出来るのは俺か魔王だけだろう。
【因果逆転】に対処出来ない勇者たちがジェイドに勝てる道理がない。
そう考えたらあの聖槍クソチートだよな……
「ほう? 勇者や四天将か……魔王はどうなのだ?」
「魔王に関しましては……初手から聖女3人による【聖浄化結界】を発動しましたので……」
強さ分からない。
今なら【聖浄化結界】無しのガチンコ戦闘でも勝てると思うけど……
「なるほどの……」
「その状態の魔王にトドメを刺せたかということであれば、十分に刺せたと思います」
結論、ジェイドに聖槍を持たせていれば勇者召喚必要無し。
実家の杖を持ち出したリンもここに加われば間違いなく勝てただろう。
「ふむ……異世界人に頼らずとも勝利出来るのであれば……」
皇帝陛下も俺と同じ結論に至ったのであろう、なにかを考えているようだ。
「あいわかった。今後も何か分かったり思いついたりしたら余に教えて欲しい」
「私のような者の意見でよろしければ」
「先日も言ったであろう? 余はレオを気に入っておる。レオの意見ならば聞かぬ理由は無いのでの」
皇帝陛下はそう言って軽く笑いグラスを傾ける。似合うなぁ……
「さて、聖女イリアーナよ」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれ体を震わせて返事をするイリアーナ。
「レオとジェイドの戦いの前に宣言したように、余は聖女イリアーナの結婚を認める。今まで大義であった」
「皇帝陛下……ありがたき幸せにございます」
イリアーナとジェイドは深く、深く頭を下げた。
「してジェイドよ」
「はっ!」
「かつての勇者の遺物、聖槍を使いこなした戦い誠見事であった」
「勿体なきお言葉にございます」
「うむ。してそなたは今後どうするのだ?」
「今後……ですか」
「うむ。先日の魔族との戦いで仲間を失ったと聞いておる。このまま冒険者を続けるつもりなのかの?」
ジェイドは少し考えるように俯く。
しかし仲間を失っていたのか……
襲来した魔族を撃破した功績でオリハルコンランクに上がったとは聞いていたけどそれは知らなかったな。
「私も歳ですからそろそろ引退を考えております。引退後は……妻たちとのんびりしながら孫や若人に武術を教える隠居じじいになりたく思っております」
ジェイドは意味深に俺とイリアーナを見る。
え? 一緒に来るの?
「ほぅ、あれだけの戦いを見せた男が隠居じじいと来たか、面白い冗談だの……」
皇帝陛下はじっとジェイドを見るがジェイドは微動だにしない。
「本気のようだの。ジェイドは今はまだ冒険者、国家間の移動の自由が保証されておる。例え余が強権を発動しようとも国外に出られてはなんの意味も無いの」
なんでこんな説明口調? あぁ、こうしろってことね。
「しかしアルマン教国に移住した後引退されると……もし我が帝国と教国が戦争となった場合帝国はレオとジェイド、英雄を2人も相手にせねばならなくなるの」
「陛下、それは……」
流石にジェイドも慌てて口を挟もうとするが皇帝陛下は手を上げてそれを制した。
「如何に我が軍とはいえ英雄2人と戦うのはいささか以上に苦しい。ならば……何としても余とレオの友誼を結ぶ必要があるの」
「友誼を……」
結ぶ? それって友好関係を構築するってことだよね?
「うむ。昨日も言ったが余はレオを気に入った。余の友となれ。まずはその為に誠意を示そう」
皇帝陛下は真っ直ぐに俺の瞳を見つめてくる。
「余は教国と同盟を組んでもよいと思っておる。もしも王国が暴走して教国を攻めるようなことがあれば帝国は教国を助けよう。どうだ?」
「それは……」
どうだと言われても俺にはそんな知識無いし……
「まぁ即答はしかねるだろうな。まずは実務者同士の会談からか……そういえばミュラー伯爵からレオたちは1日で国境からここまで来たと報告があったの……」
「はぁ……」
そこからトントン拍子に、と言うか皇帝陛下が話を進めて行き俺はこの話を教国に伝えることを頼まれ食事会は修終了した。
何を食べたのかすら覚えていない。
「つ……疲れた」
「お疲れ様でした」
それから少しの時間よめーずに労ってもらい長い長い1日がようやく終わったのだった。
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