第165話 竜騎士と聖槍

 部屋の隅で再会を喜び合う……いやほぼ一方的に喜んでいるジェイドを横目に皇帝陛下へと視線を戻す。


「やれやれ……あの様子ではジェイドに聖槍を持たせるのは少し待たねばなるまいな……その前にこちらを拝見しようか」


 小さくため息を吐いて皇帝陛下はもう1通の書状を手に取り開いた。


 しばらく黙って書状に目を通す。

 その間聞こえてきたのは娘を心配する父の声だけだった。


「ふむ……迷宮か……」


 読み終わったのか皇帝陛下は書状を畳みテーブルに置く。


「出来れば攻略させて頂きたいと思っております」

「そうだな……我が国にメリットはあるのかな?」

「メリットですか……そうですね、まずは溢れ出しオーバーフロー大暴走スタンピードの脅威が数十年に渡り無くなること、攻略された迷宮の魔物は相当に弱体化しますのでその間狩り放題と言ったところでしょうか?」


 これで通ればいいな……

 冒険者たちの遺品、魔法付与された武具は出来れば持ち帰りたい。

 帝国は一応仮想敵国となりうる国だ。

 そんな国に素直に魔法付与された武器を納めるのは……教国貴族的に大変よろしくない。


「他にも魔物が弱体化しますので、鉱石などを掘る作業も相当に捗るかと」

「魅力的と言わざるを得んな……デメリットはあるのかの?」

「デメリットとしましては、迷宮内で魔物を倒してもほとんど経験値を得られなくなることですね」


 多分それくらいだと思う。

 いくら倒してもレベルが上がらないのは冒険者的には苦しいが素材取り放題はそれを補って余りあると思うけどね。


「帝国にそれほどの見返りを渡してまで攻略したいと申すか」

「はい」


 見返りを渡すだけで攻略させて貰えるなら御の字だ。


「書状によると、教国の国王はそれを認めておるようだの」

「はい。認めて頂きました」

「それほどか」

「それほどです」


 俺には頷くことしか出来ない。


「理由を聞いても?」

「7つの迷宮を全て攻略すれば願いが叶うと……私にはどうしても叶えたいことがあるのです」


 例え帝国を敵に回したとしても……ね。


「そうか……ジェイド、もう良いか?」

「はっ! 申し訳ありません!」


 皇帝陛下はジェイドに声を掛ける。

 これは……このタイミングで声を掛けることにどんな意味があるのだろう。


「話は聞いておったか?」

「申し訳ありません。娘のことで頭がいっぱいで聞いておりませんでした」

「お前は……まぁよい、この者ら……勇者レオ・クリードが迷宮を攻略させてくれと言うておる。率直な意見を聞かせよ」


 迷宮のことは冒険者に聞くか。


「そうですな……攻略すればどうなるので?」

「私からお話しましょう」


 皇帝陛下に説明させるのも如何なものかと思ったので俺からジェイドに先程と同じ説明をする。


「なるほど……儂としましてはよろしいかと。ただ、攻略出来るかどうかは別ですが」

「その点については問題ありません。実際に5つの迷宮を攻略しておりますれば」

「なんと!?」

「ですのであとは帝国内にある2つの迷宮だけなのです」

「ほぉ……やはり勇者と言うのは凄まじい力を持っていると言うことか……儂も若い頃は何度も挑戦したが……」


 言葉とは裏腹にやけに好戦的な目で見てくる。


「私の神器の力のおかげですね。迷宮攻略に最適な能力を保有していますので」

「迷宮攻略に最適か……どのような能力か聞いてもよいのかの?」


 迷宮攻略についてジェイドと話していると、皇帝陛下が話に入ってきた。


 ここは少しだけ明かすか。

 その方が将来の国防的にも有利になる可能性があるし……


「一言で申せば移動する要塞……とでも言いましょうか? 迷宮に籠ったとしてもゆうに1年は過ごせるかと……例え魔物の大群に囲まれようとも問題になりません」


 全部轢き殺せます。


「なんと……そのような能力が……」

「羨ましいですな、そのような能力があれば……」


 よし、これで警戒心は植え付けられたかな?

 これで少なくとも俺が居る間は教国侵攻は思いとどまって貰えるかな?


 そんな話をしていると、扉がノックされ先程出ていった執事が1本の槍を手に戻ってきた。


「陛下、お待たせ致しました」

「うむ。ご苦労。ジェイドよ、あの槍を握ってみては貰えぬか?」

「あの槍は……もしや……」

「うむ。我が国に伝わるかつての勇者の仲間、竜騎士が振るった神器である」


 ジェイドは震えながら立ち上がり執事の元へとャ歩いていく。


「これが……」


 ジェイドが槍を受け取り巻かれていた布を取り払っていくと、なんの力も感じない鈍色の槍が姿を現した。


 ジェイドは巻かれていた布を執事に手渡して両手で槍を握る。


「おお……」

「これは……」


 先程まで鉄の槍と変わらない姿だったそれがジェイドに握られたことにより白く輝く。

 あれが聖槍の本来の姿なのだろう。


 ジェイドが握る前と後では感じられる力が段違いだ。


【解析鑑定】を使いたい気持ちをグッと堪える。

 流石に他国の国宝のようなものを勝手に鑑定するのは失礼だろうと思っての判断だ。


 それに、実物を見たので【聖槍召喚】を使えるようになったような気がする。

 できると思えばできるらしいし、できるだろう。


「ジェイドよ、どうじゃ? 扱えそうか?」

「はい……とんでもない力が流れ込んでくるような感覚があります……能力とその使い方も同時に流れ込んできましたのですぐにでも戦えそうです」

「なるほどの……以前戦った魔族と戦えばどうなる?」

「あの時は少々苦戦しましたが、今なら相手にならないでしょうな……」


 ジェイドが倒したという魔族がどの程度の強さなあのかは知らない。

 知らないが今のジェイドならおそらく四天将とも互角に戦えると思う。

 それだけの力を感じる。


「そうか……レオ・クリード」

「はっ!」


 ジェイドの力を測っていると皇帝陛下に声をかけられたので慌てて返事をする。


「迷宮攻略を認める代わりと言ってはあれかもしれぬが……ジェイドと戦ってみては貰えぬか?」

「と、言いますと……模擬戦でしょうか?」

「うむ。ジェイドもせっかく力を得たのにそれを振るう相手が居らぬのでは不憫でな……魔王を打ち倒したそなたなら不足はないと思うのだが、どうだろうか?」


 確かにそうかもしれない。

 せっかく得た力を振るう相手がいない気持ちは何となく俺にもわかる。


「承ります」

「そうか、では明日の午後に練兵所で行うこととしよう。ジェイドもそれでいいかの?」

「問題ありません」


 ジェイドも了承したので模擬戦は決定した。


「余も観戦しよう。良き戦いを期待する」

「「はっ!」」


 俺とジェイドの返事が重なる。

 正直盗賊団ノーフェイスを壊滅させたくらいじゃこの【理外ことわりはずれ】の力は把握しきれていない。

 今回のジェイドとの模擬戦は俺にとってもいい話だ。


「では……っとそうだ、レオ・クリードよ」

「はっ!」

「この模擬戦は迷宮攻略を許すための条件である。聖女イリアーナを助けた報酬は別であるゆえ考えておくように」

「え? あ、はい……」

「遅くなったがその件に関しては儂からも礼を言う。ありがとう」


 上手く誤魔化せたと思ったんだけどなぁ……

 なんならその報酬で迷宮攻略の許可って形がベストだったんだけど……


ジェイドのお礼は……素直に受けとっておこう。

娘を助けてもらったんだ、謙遜する方がなんか違う気がするし。


それでも明日の模擬戦は手加減しないよ?


「よし、では下がれ。部屋と食事を用意する。ゆるりと過ごされよ……ああ、ジェイドは少し残れ」

「ありがとうございます。それでは御前失礼致します」


 深く頭を下げて退室する。ふぅ……疲れた。


 部屋の前で待機していたメイドに部屋まで案内してもらいようやく気を抜くことが出来た。

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