第166話 竜騎士の頼み

「それで大丈夫なのですか?」

「ん? なにが?」


 各自部屋に案内されたあとすぐに全員俺の部屋に集まりサーシャが尋ねてきた。

 俺たちには荷物整理という概念がほぼ存在しないので、自分の部屋を確認するだけで集まることが出来る。

 だって全員の荷物俺が持ってるんだもの。


「ジェイド様との模擬戦です。相手は上位職で戦闘経験も圧倒的な英雄です。さらに神器まで……」

「もしかして俺が負けると思ってる?」


 力に慣れる戦いをするつもりではあるが負けるつもりは一切ない。

 感じた力は四天将と同等程度、負ける道理は無い。

 もちろん油断はしない。


「いえ、やり過ぎないかと……」

「……気をつけます」


 それは気を付けよう……


「それよりも皇帝陛下からの報酬はどうするの? 何か欲しいものは無いの?」

「無いの。だから困ってる」


 そもそもいくら皇帝陛下が俺の事を勇者として見ていると言っても実際に教国貴族である俺が堂々と帝国皇帝から褒美を貰うというのもなぁ……


「やっぱり報奨金って形が一番角が立たないのかな?」

「そうですね……」


 なんだかサーシャ歯切れが悪いな。

 てっきり「イリアーナさんを貰いましょう!」と言い出すと思ってたけど。


 イリアーナはもうほとんどよめーずの一員のようなものだし俺の中でもほぼ身内扱いしていると思う。


 いや、誤魔化さずはっきり言えば正直憎からず思っている。

 イリアーナには婚約者が居るだとか、もう5人も嫁が居るからと……ごめんなさい、欲しいです。


 俺ってこんな自己中クソ野郎だったかな?

 これ現代日本で言ってみ? 大炎上だよ? 国民総出で叩かれる案件だよ?


 けどここ日本じゃないし……

 異世界の勇者で国どころか世界を救った英雄だし教国の大貴族様だし……

 いける? いっちゃう? いっちゃっていいよね?


 そもそも既に俺は数百人殺してるわけだし、今更日本の感覚とか言っても説得力無いよね?

 嫁5人居る時点で手遅れだよね?


 よし……あ、ダメだわ。

 いくら俺が盛り上がっても婚約者居る件は解決しないじゃん……


 イリアーナの気持ちを無視することだけは出来ない。

 色々ズレてきてる自覚のある俺でもそれだけは譲れない。


 ふむ、振り出しに戻った。どうしよう?


「レオ様? どうかなさいましたか?」


 悩んでいるとサーシャに声をかけられた。

 いっその事聞いてみるか? いや、嫁を増やしたい話を嫁にしてどうするんだよ……

 いやでもいざ増やすとなれば話さないといけないわけで……


「なにかお悩みですか?」

「いや……うん、そうだね……ん?」


 意を決して相談しようと口を開いた瞬間、扉がノックされた。


「どなたッスか?」


 飛び近くで立っていたアンナが尋ねる。


「ジェイドだ。少々話したいことがある。お時間宜しいか?」


 アンナがどうするかと視線で尋ねてくるので頷いて返すと、アンナは扉を開いてジェイドを部屋へ招き入れた。


「突然済まない。どうしてもレオ殿に頼みたいことがあって参った」


 ジェイド……とその影に隠れて見えなかったイリアーナが部屋に入るなり俺たちに向けて頭を下げた。


「とりあえず頭を上げてください。それでどうしたんですか?」


 まさかジェイドに限って明日の模擬戦で手を抜いてくれと頼みに来たわけでは無いだろう。

 そんなことをする男では無いと確信している。


「まずは掛けてください」


 ジェイドとイリアーナに席を勧めてサーシャにお茶の用意を頼む。

 椅子に座っていたよめーずはベッドに移動だ、


「忝ない」

「いえ、それで頼みとは?」


 俺の対面に座ったのはジェイドのみ、イリアーナはよめーずと共にベッドに座っている。

 なんでだよ。


「実はな……」


 ジェイドは少し言いづらそうに口を開く。


「レオ殿に、イリアーナを貰って欲しいのだ」

「はい?」


 どうしてそうなるの?

 いや、俺としては有難いお話なのだが……


「奥方殿たちの承認は取れているそうだ。あとはレオ殿に了承して貰えれば」

「ちょっと! ちょっとだけお待ちください!」


 俺は立ち上がってジェイドの言葉を遮る。

 失礼だとは分かっているがこれは仕方ない。


 サーシャたちよめーずの顔を見ると、全員頷いている。

 本当に承認してるんだね……


「と、とりあえずそれは分かりました……しかしイリアーナ嬢には婚約者が居るのでは?」


 だから諦めようとしてたんだけど?


「それなのだがな……」


 そこからジェイドが話した内容を纏めると……


 ジェイドはとある子爵家の次男で、当主は兄が務めている。

 就職の義でイリアーナが聖女となったことで政略結婚に使えると判断された。

 帝国の法では、聖女は特に問題が無い時代なら20歳で結婚が認められる。

 なので王国の勇者、教国の聖女が魔王を討ち滅ぼした後イリアーナは結婚できるようになるとのこと。


 それが勇者の裏切りでイリアーナがまさかの誘拐、婚約していたとある侯爵家嫡男は何もしなかった。

 それどころか新しい婚約者を探す始末……


 今回、俺がイリアーナを救出して教国にて保護されていたことは密偵を通じて把握されていた。

 イリアーナが生きていた、聖女としての力も価値も残っている、ならば結婚してやってもいいと侯爵家嫡男は言っていると。

 そしてジェイドの兄もそれに賛同していると……


「儂はそんな結婚認めたくない……何度この槍で兄を刺殺してやろうと思ったことか……」


 ジェイドの眉間にシワが寄る、これは余程恨んでますね……


「正直あのまま教国で幸せになってくれないかと思っていた。勇者の庇護下にあるのならばなんの心配も無いとな」

「それは……」

「だから頼む、イリアーナを貰ってやってくれ」


 ジェイドはテーブルに手を付き深く頭を下げる。

 これは……断ったとしたらジェイドは殺るだろうな……

 断らないけど。


 いや、でもこの頼みを聞いてっていうのはなんか違う。

 結果は変わらないだろうけど、過程が納得できない。

 なら……


「ジェイドさん。その依頼はお断りします」

「そうか……では仕方ない……」


 ジェイドから殺気が噴き上がる。

 向けられる相手は俺では無い。やはり兄と婚約者に向けてだろう。


「落ち着いてください。逆に俺からお願いしたいことがあります」

「む? なんだろうか?」


 あれだけ噴き上がっていた殺気がピタリと収まる。

 俺の頼みを察したのかな?


「明日の模擬戦、俺が勝てば娘さんを俺にください。俺は貴方の依頼でイリアーナを手に入れたくはありません。俺は俺の意思と力でイリアーナを貰い受けます」


 まだイリアーナの気持ちは聞いていないけど、よめーずの許可を取ってるのなら……そういうことなんだろう。


「ふ……クク……なるほどな……それだと儂はレオ殿とは戦えんな、棒立ちで負けを認めようか」


 ジェイドは心底可笑しそうにそんなことを宣う。


「それはやめてください……なら将来の義息子のお願いです、全力でお相手してください」

「ほう? そこまで言うのなら……そうだな、簡単に娘をやるのも面白くないな。儂が勝ったら婚約は認めるが結婚は認めん。結婚したければ儂を倒して見せよ!」

「望むところ」


 2人で不敵に笑いあって握手を交わす。


 あれ? なんか思ったより話大きくなっちゃったな……

 まぁいいか、問題は無い。


「そうだ、皇帝陛下にもこの話はお伝えしなければ……」

「どうしてだ? 儂とレオ殿との約束で問題は無いと思うが」


 一応ジェイドやジェイドの兄の立場を守る口実をね?


「皇帝陛下より聖女救出と保護の褒美を取らすと言われてますからね。その褒美にイリアーナを要求しようかと」

「それは……なるほど。何から何まで感謝する」


 これも察したのだろう、ジェイドは再度頭を下げる。


 その後すぐに食事の時間となったのでジェイド親子と別れて食事を摂る。

 その時に配膳してくれたメイドに明日の模擬戦までにもう一度皇帝陛下にお目通り出来ないか確認して貰えるよう頼んでおいた。

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