第118話 心の傷

 10階層、ボス部屋前。


「さてここの悪魔は自我があるのかね……」

「マンモンの話だと自我を得たこと自体がイレギュラーみたいに言っていたし無いんじゃないかしら?」


 グリエル迷宮の悪魔も自我が無かったのでリンの言うこともわかる。

 俺も自我は無い可能性の方が高いと思うし。


「しかしリバークは強欲、グリエルは憤怒、ここはどの大罪なのかね……」

「大罪?」


 そういえば話してなかったな。


「俺の世界には七つの大罪って言葉があって、それぞれ強欲の罪、憤怒の罪、色欲の罪、傲慢の罪、暴食の罪、怠惰の罪、嫉妬の罪って言うんだ。リバークで強欲、グリエルで憤怒ときだから次はどれかなって」

「七つの大罪ね……」


 リンは強欲、憤怒……と1つずつ呟いている。


「まぁ会えばわかる、行こうか」


 ウルトを進ませて扉を開く。


 中には今までの迷宮と同じように大きな部屋の真ん中にポツンと1体の悪魔が佇んでいる。


 中に進むと扉が閉まり悪魔は顔を上げる。さぁどっちかな?


「――――――」


 悪魔は雄叫びを上げるように上を向いた。

 これはグリエルの悪魔と同じ行動……つまり自我は無い。


『解析鑑定を行いました。名称色欲。スキルはありません』


 色欲か……得られる神器級アイテムの効果もその罪に関連したものだった。

 つまり色欲の大罪に関連する効果か、あんまり欲しくない。


「まぁ……自我もスキルも無いなら躊躇する必要は無いか、殺れ」

『オーケーマイマスター』


 雄叫びを上げていたと思われる悪魔も気が済んだのかこちらに向き直り駆け出そうとしている。


 当然ウルトもスキルを使いながら悪魔に突進、激突した。


 打ち勝ったのはウルト、悪魔は腕をひしゃげさせながら凄まじい勢いで撥ね飛ばされ壁に突き刺さった。


「凄いわね……」

「ああ、グリエルの時とは大違いだ」


 あの時は初撃を貰って中まで衝撃が通ったからな……


 立ち上がろうとする悪魔に再度ウルトの突撃、悪魔は立ち上がることすら出来ず再び撥ね飛ばされた。


 数度バウンドしてピクリともしない。

 あれ? 終わり?


『反応消失。撃破完了しました』

「どんなだよ……」


 グリエルの憤怒の大悪魔と戦った時はそれなりに時間もかかったものだが……


 どこからとも無く装備品がガラガラと出現する。

 その直後大悪魔はピンクの光の玉へと変化する。

 光の玉の色以外はグリエル迷宮で起こったことと全く同じ。となれば……


「来たわね」


 光の玉が浮き上がりこちらに飛んでくる。

 玉はあの時と同じようにウルトの車体を通り抜け車内に飛び込んできた。


「予想はしてたけどやっぱり俺が……」


 光の玉が飛んできたのは俺。

 隣のリンには目もくれず真っ直ぐ俺に飛んできた。


 そして左腕、ちょうど憤怒の腕輪の辺りにほんの少しだが熱さを感じた。


 作業着と鎧を【無限積載】の能力で脱いで腕輪を確認、俺からは見えづらいがなんか玉のようなものが追加されている気がする。


「リン、腕輪なんか変わってる?」

「どれどれ」


 リンは近づいてきて腕輪を確認する。


「うん、前は無かった宝石みたいなのがついてるわね」

「そっか、ならこれが大悪魔討伐の報酬かな? ウルト解析鑑定を頼む」

『かしこまりました』


 スマホを取りだして【解析鑑定】が完了するのを待つ。

 すぐに終了したようでスマホの画面に結果が表示された。



 ◇◆


 色欲の宝玉


 神器級装備。


 この腕輪は装着者が死亡するまで外すことは出来ない。


 装着した時点で生命力に補正が掛かる。


 異性と交わることで相手のスキルを1つ得ることが出来る。


 得ることが出来るスキルがない場合なんらかのステータスが微増する。


 スキル【生命力強化】と【絶倫】を獲得する。


 ◇◆


 そっと画面を閉じてスマホをしまう。

 これはダメなやつだ。開戦前に色欲って聞いてダメだとは思ったけどこれは予想以上にダメなやつだ。


「クリード……」


 ほら来た。

 何が一番ダメかってリンが一緒に画面見てたことだよ。


 《【生命力強化】を獲得、統合進化【生命力の(大)】を獲得しました。【絶倫】を獲得、統合進化【絶倫(強)】を獲得しました》


 タイミングを測ったかのようにスキルの統合進化が行われたアナウンスが聞こえた。

【生命力強化(大)】は嬉しいよ。けど【絶倫(強)】ってなんだよ。


「いや……リン、その……」

「クリード、反論は最後に聞くからとりあえず聞いて?」

「は、はい……」


 何かを言わなければと思い口を開いたがなにも纏まっていなかったためしどろもどろになってしまった。


「クリード、貴方の気持ちは分かってるの。喪失感だったり怒りだったり……今だって無理してるでしょ?」

「……」


 真剣な顔で語り始めたリンに対して俺は何も言えない。


「昨日眠れなかった理由も分かってるわ。それに……言葉使いが変わってることに気付いてるかしら?」

「言葉……使い……」


 変わってたのだろうか? いや、リンがそう言うならそうなんだろうな。


「その様子じゃ気付いたなかったのね。クリードは今やらないといけないことだけで頭の中をいっぱいにして、怒ってるフリをしてるのよ」

「怒ってるフリ……いや俺は……」

「怒りの感情がある事は間違いないでしょう。けどそれより大きい感情があるはずよ」


 怒りより大きな感情……


「それは……」

「悲しみ。貴方昨日から今までに一度でも泣いた?」

「いや……」


 泣いていない。


「あんなことがあってまだ2日、貴方が泣いたのはその時だけ……それで貴方の悲しみは収まるの?」

「それは……」


 俺が考えていたのはどうすれば最速で事を進められるか、どうすれば今より被害を拡大させずに済むか……


「まずは悲しみなさい。性急にことを進めたい理由も分かるけど、それじゃクリードの心が壊れちゃう」


 俺の心……


「ケイトのこと、あたしだって悲しいしアイツらのことは殺してやりたい。だけどその為にクリードの心が壊れることは許せない」

「でもどうすれば……」

「泣きなさい。甘えなさい。まずは感情を吐き出して、それから行動しなさい」


 思えば悪夢を見たのも俺の中の悲しみが消化されていなかったからなのかもしれない。

 消化されていない感情を無理やり押さえつけて考えないようにして……

 だからソフィアたちも遠ざけて……


「クリードにはあたしが居る。ソフィアだってアンナだって居るし……サーシャちゃんだって居るわ。貴方は1人じゃない」


 そこまで言われて俺の涙腺は決壊した。

 いくら拭っても、瞬きを繰り返しても止まる様子は無い。


「今は泣きなさい。一緒に泣いてあげるから」

「うぐっ……うぁぁ……」


 そっとリンに抱き締められた。


 身長も体格も俺の方が大きいはずなのにリンがとても大きく感じられた。

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