間話 勇者たちの激戦

 リバークとかいうニートを称える街を出てソイソスと言う城塞都市について2日、いよいよ俺たちは魔王領に向けて出発した。


「御者さん、もっと早く進めないんですか?」

「申し訳ありません、なにぶん道も悪く……これ以上となると馬車が破損するおそれが……」

「そうですか」


 ここまでの道中でも思ったけど本当に進みが遅い。

 あのニートが運転するトラックですらあれだけの速度が出ていたのにそれも出来ないなんて。


「しょうがないよ英雄くん。この世界の文明レベルじゃトラックにはかないっこないよ」

「それはそうかもしれないけど……」


 グチグチ言っても仕方ないか、期待するからいけないんだ。


 しばらく進んで野営の準備、まだ日も高いのに終わりだなんて怠慢ではなかろうか?


 それに俺たちが自分でテントを張らないといけないなんて……

 この世界の人たちは勇者をなんだと思ってるんだろうね?


 皆で協力してテントを貼って就寝。

 御者とベラを除いた5人で2時間ずつの見張りをしながら夜を明かす。


「英雄、おはよ」

「ん……愛子?」


 どうやら俺の順番が来たようだ。

 起き上がってバトンタッチ、あと2時間で朝食なのだが愛子はそれまで少しでも寝るらしい。よく寝る女だ。


 テントから出て朝日が昇っていくのを黙ってじっと眺める。

 暇だな……


 居眠りをしないように気を付けて座っていると、テントから香織が起き出してきた。


「おはよう香織。まだ早いよ」

「違う、地面が揺れたから起きてきた。なにか来る」


 香織の見ている方向を俺も見るけど何も見えない。


「英雄! みんなを起こして! 魔物の大群が近付いてる!」

「は? え?」

「早く!」


 久しぶりに聞く香織の大声に驚きながらも立ち上がりテントに駆け込む。


「起きて! 魔物が、魔物の大群が来る!」


 慌ててみんなを起こして準備を整えてテントから飛び出すと、すでに魔物は見える距離まで迫っていた。


「くそっ! こんなに!」

「知也くん悪態を着吐いてる場合じゃないよ。僕が数を減らすから」


 そう言って賢人は自分の神器である杖を構えて魔力を練る。


「【ファイヤーストーム】!」


 放たれた大きな炎は魔物の群れに着弾、そこから炎を纏った竜巻が起こり魔物を蹂躙する。


「どうだ! 魔法と化学の融合の力は!」


 賢人は次々に同じ魔法を放って魔物の群れを焼き尽くしていく。


「ふぅ……魔力切れ……あとはよろしく……」

「おや? もうお終いですか?」

「誰だ!?」


 賢人の言葉に返事をした声に聞き覚えがなかったので慌てて振り返ると、そこには耳の長い細身の男が立っていた。

 一見すると人間に見えるけど、あの耳は……


「初めまして勇者様。私は魔王様の忠実なる下僕、エルドラウトと申します」


 男はエルドラウトと名乗り綺麗なお辞儀をした。


「あ……どうも……」

「知也! 呑気に挨拶なんかしてないで!」


 香織からの鋭い叱責が飛ぶ。

 香織を見るとすでに神器を構えて今にもエルドラウトに斬り掛かろうとしていた。


「ふむ? 私は交渉に来たのですが……」

「うるさい、貴方は敵。それだけ」


 姿勢を低くした香織が飛び出した。

 走りながら【分身の術】を使って香織は5人に分身、全員で同時に攻撃を仕掛ける。


「はぁ……べつにこちらで交渉でも構いませんがね?」


 エルドラウトは防御も回避もせずに攻撃を受ける。

 香織本体の攻撃がエルドラウトの頬を薄く斬り裂いて青い血が流れた。


「ありったけの【状態異常攻撃】を叩き込んだ、これで――」

「どうだと言うのです?」


 エルドラウトは香織の腕を掴み振り回す。

 そして思い切り地面に叩き付けた。


「香織!」

「気絶しましたね……おい」


 エルドラウトが香織を後ろに放り投げるとどこからともなく浅黒い肌の……耳の長い女が現れ手際よく香織を拘束していく。


「聖女は?」

「はっ! すでに確保して輸送中です」

「よろしい。ではあとはあなた方だけですね……交渉を始めても?」


 エルドラウトはこちらに向き直り伺いを立ててくる。


「ふざけるな! 香織を離せ!」


 聖剣を構えてエルドラウトを睨みつける。

 これで少しは怯むはず……!


「おや? まだやるのですか? 痛い目に遭わないと彼我の実力差も分からないのですか?」

「黙れ! うおおおおぉ【絶対切断】!」


 気合いを入れて聖剣のスキルを発動。全力で斬り掛かる。


「【絶対切断】ですか。恐ろしいスキルですね」


 エルドラウトは俺の攻撃をあっさり躱す。

 香織の攻撃は躱さなかったのになんで!


「ほらほら、もっと素早く振るわないと当たりませんよ? それに……」

「なんだ!」

「私にばかり気を取られていてよろしいので?」

「え?」


 こいつ何言って……


「うわぁ!」

「キャアアア!」


 後ろから知也と愛子の悲鳴が聞こえてきて慌てて振り返る。


 そこには賢人の魔法から逃れ生き残った魔物がこちらを向いていた2人に背後から襲いかかる姿だった。


「知也! 愛子!」

「戦闘中に余所見とは余裕ですねぇ!」

「うぐっ……」


 脇腹に鋭い痛み。

 どうやら殴り飛ばされたようだ。


「痛い! 痛いよぉぉ……」


 腕に力が入らず立ち上がれない。

 俺は痛みに耐えながらその場で転がることしか出来なかった。


「……嘘でしょう?」


 エルドラウトの呟きが聞こえた気がするが返事をする余裕は無い。

 痛みに耐えるので精一杯だ。


「コホン……死ぬ前に捕らえなさい」


 エルドラウトが指示を出すと先程の女が知也と愛子の拘束を始めた。


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……早く逃げないと……


「賢人! 転移魔法! 早く転移で逃げよう!」

「無理だよ……転移魔法は見える場所にしか転移出来ないんだよ……それにもう魔力が……」


 クソっ! 使えない奴だ!


 ダメだ、そんなこと考えてる場合じゃない……

 なんとか俺だけでも逃げなくちゃ……


「あぎっ!!」


 背中に衝撃を受けた。

 なんだ? 踏まれたのか?


「無様ですねぇ……貴方が勇者ですね? ならば私が直々に拘束してあげましょう」

「や……やめ……」


 抵抗虚しく俺の手足はきつく縛られ舌を噛まないようにと猿轡まで噛まされた。


「まったく……ゆっくり進んでくるから万全の体制で待ち構えておりましたがこれでは必要ありませんでしたね……」


 こうして俺たちは激戦の末魔族……エルドラウトに敗北した。





〜参考までに〜


魔物の群れを賢人が魔力を温存しながら抑えて残った4人で上手く連携すればエルドラウトは普通に倒せました。

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