第106話 帝国料理
翌日、サーシャは早朝から会議とのことで護衛にソフィアとアンナを連れて城へと向かって行った。
最近ソフィアとアンナは毎朝ライノス邸に顔を出してサーシャが出かける用事がなければすぐに実家に戻っている。
今のうちにたっぷり家族と過ごして欲しいと思うよ。
リンも珍しく知り合いに会ってくると出かけて行ったので今は俺とケイトの2人しか居ない。
朝の日課の訓練を終えてサーシャから借りた本でも読もうかと思っていると、ケイトがなんかソワソワしていた。
「そんなソワソワしてどしたの?」
「いや、お出かけしようかと思って……」
「そうなんだ、行ってら……一緒に行く?」
行ってらっしゃいと言おうとしたのだが眉を八の字にして悲しそうな表情になりそうだったので慌てて言い直す。
「いいの?」
「いいよ、暇だし」
「じ、じゃあ着替えてくるからちょっと待ってて!」
ケイトは慌てて部屋を飛び出して自室に使っている客間に戻って行った。
出かけるなら俺も着替えようかな……
この前観光と称して出かけた時に着せ替え人形のようにされた時に購入した服に着替えてケイトを待っていると、15分ほどしてケイトはやってきた。
「ごめん、お待たせ……」
「いや、それはいいんだけど……」
ケイトの姿を見て言葉に詰まった。
普段は跳ねないように梳かしているだけのケイトだが今日は綺麗に整えられている。
薄らと化粧もしているようで別人のように見える。
服はいつ買ったのか水色のワンピース。
いつもはアンナと並んで元気娘といった感じなのだが今日のケイトはお淑やかというかなんというか……
不覚にもドキドキしてしまった。
「どう……かな?」
「え、あ、うん、とてもよく似合ってるよ」
「そっか……よかった……」
2人して照れていたら何時までたっても出かけられない、気を取り直して立ち上がり玄関に向かう。
途中見付けた使用人に出かけることを告げてウルトを預ける。
「なにかありましたらウルトに伝えてください。ウルト留守番よろしく」
『かしこまりました』
「承りました。お気を付けて」
スマホとイヤホンは身に付けているからこれでなにかあってもすぐにウルト経由で俺に伝わる。
使用人とウルトに見送られて俺たちは外に出た。
「ケイトはどこか行きたいところはあるの?」
「ううん、特に目的は無いよ。ただブラブラしようかなって気分だったから」
ノープランね。
「そっか、ならとりあえず商業区の方に行ってみようか」
「そうだね」
2人並んでどうでもいいことを喋りながらしばらく歩いて商業区に到着、時間もちょうど昼になる頃だしまずは昼飯かな?
「ケイト、とりあえず飯食わない?」
「そうだね、このアンナに教えてもらったお店があるんだけどそこでいいかな?」
「いいよ、俺はこの辺はほとんど来たことないから任せるよ」
ケイトに案内されたどり着いたのは割と新しめの建物だった。
入口には「帝国料理」と書かれている。
「前に聞いたけど、クリードくんのいたところってお米食べてたんだよね?」
「覚えてたんだ、そうだよ。まぁ俺はパンも好きだから食事に不満は無いけどね」
「そうなんだ、こっちのお米も口に合えばいいけど」
「楽しみだね」
「いらっしゃいませー! 空いてるお席にどうぞー!」
扉を開けて中に入るとウエイトレスの元気のいい声が掛かった。
席は結構空いているので中心から少し離れた場所で席を取る。
この店はメニューなどは無く日替わりで定食を提供しているようなので注文することも無く喋りながら届くのを待った。
「お待たせしましたー!」
運ばれてきたのは茶碗いっぱいのご飯に味噌汁、焼き魚、小鉢に煮物という完全な日本食だった。
ただ箸ではなくフォークとスプーンなのを除けばだが……
「すいません、お箸ってあります?」
「ありますよ! お客さんお箸使えるんですね!」
配膳してくれたウエイトレスに聞いてみるとあるようなので持ってきてもらう。
「いただきます」
食前の挨拶を済ませてまずは味噌汁に手を伸ばす。
うん、美味い。
続けて焼き魚の身を解して一口。
うん、見た目でそうかもと思ったけど食べて分かった、これ鯖だな。塩鯖だ、塩鯖定食だ。
そしてご飯だ。
白米ではなく少し茶色がかったご飯、玄米かな?
おそらく精米技術がそこまで高くないのだろう、気にせず口に運んで咀嚼する。
うん、日本で普通に食べてた米よりは味は落ちるけどちゃんとご飯だ。
「クリードくん器用だね」
俺が黙々と箸で魚の身を解して食べているのを見てケイトは呟いた。
「箸は俺のいた世界で普通に使ってたからね」
「すごいね、魚もすごい綺麗に食べてる……僕のなんて……」
ケイトの視線の先には骨に身が残った状態の鯖だった。
まぁフォークとスプーンじゃ綺麗に食べ切るのは難しいんじゃないかな?
昼食を終え再び街へ。
「クリードくん、あれ!」
商業区を回っていると色々と興味のあるものがあったようでケイトのテンションは高い。
俺も見ているうちに釣られるようにテンションが上がりきてあれやこれやと楽しい時間を過ごしていた。
気が付けば……いつの間にか、どちらからとも無く自然と俺たちは手を握り合っていた。
「あ……クリードくんそろそろ」
ケイトの視線を追うとそこには時計台。時刻は15時30分を回っている。
「そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
俺たちは商業区を離れライノス邸へと戻る。
こんな時間がいつまでも続けばいいな――
そんなことを考えながら繋いだ手を離さずに歩いていた。
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