第116話
「あ、あー……。なんだか、カップルの方が多くて、見ているだけで恥ずかしくなっちゃいますね……?」
そして彩花は、こういうときに口にしちゃうタイプなのだ。
照れ笑いを浮かべて、ね? と言わんばかりにこちらに同意を求めてくる。
そういう不用意に意識させるような発言や行為はやめてほしい……。
あなたの隣にいるのは、感情を押し殺していっしょに暮らしている男なのだから……。
ぽろっと出ちゃいそうになるんで……。
「まぁでも、俺たちみたいに兄妹で来ている人もいるかもしれないですよ」
ここで気の利いたことが言えたらいいのだが、あまり頭が回らずに微妙なことを言ってしまった。
いるわけないだろ。
とろんとした目で見つめ合っている兄妹がいてたまるか。
案の定、彩花は釈然としない表情で視線を泳がせている。
「どうでしょう……。まぁでも……、わたしたちも周りから見たらカップルに見えるでしょうし、そういう人たちもいるかもしれませんね……?」
やさしいフォローをしてくれる。
けれど、そのさらりとした「周りから見たらカップルに見える」と言うのは胸を打った。
彼女は、そういうふうに思ってくれているんだろうか。
実の兄妹とカップル。
同じ男女でも、そこには明確な空気の違いがある。
『彩花さんは、俺たちが、周りからカップルに見えていると思うんですね』
そんなふうに、言いたくなってしまう。
そう言ったら、彼女はどんな反応を示すだろう。
恥ずかしそうに、照れくさそうに、気まずそうにしてくれるだろうか。
隣の男を、意識してくれるだろうか。
それとも、きょとんとして、眉をひそめて、困惑するだろうか。
聞けるわけがない。
聞いていいわけがない。
理久ははあ、と白い息を吐き、イルミネーションの光に消えていくのを見届けた。
「彩花さん。こっちに行きましょうか」
イルミネーションが派手なところは、どうしてもカップルが多い。
ちょっと道が外れたところだと人はいないうえに、そこでも十分綺麗だ。
その意図に気付いた彩花が、嬉しそうにトトト、とついてくる。
そうしましょう、と笑った。
細い道には人の気配はなく、けれど、木々はピカピカ光っている。
ふたりきりでそれを見上げながら歩いていると、彩花が足を止めた。
「兄さん。ちょっといいでしょうか」
その言葉に、理久は足を止めて振り返る。
長い髪を揺らしながら、彩花は手を後ろに組んでいた。
そして、穏やかに笑っている。
「わたし、ずっと兄さんに言いたいことがあるんです」
あぁ、俺もです。
俺は言えないけれど。
そんなノイズが頭に響くのを感じながら、彩花を見つめ返した。
「なんでしょうか」
そう言葉を返すと、彩花は視線をそっと逸らした。
そのまま、頬に手を当てる。
「改まって言うのは、少し恥ずかしいんですけど……」
彼女は一歩二歩と前に出た。
そして、はにかみながら手を前に差し出す。
「兄さん。いつもありがとうございます。メリークリスマス、です」
「えっ……」
彼女が前に出したのは、小ぶりの紙袋。
いや、何か持っているなあとは思っていたけれど、女性の持ち物に言及するのもどうかと思っていたし、女性はいろいろあるんだろうくらいに考えていた。
まさか、それがクリスマスプレゼントだなんて。
さすがに、慌ててしまう。
「いや、あの、俺、すみません、何も用意してなくて……」
こんな展開になるとは思っていなかったのだ。
プレゼントを考えないでもなかったが、恋人でも何でもない男から、しかも義兄から渡されるなんて。
望まれないだろうと思っていたから。
下手をすれば、気持ち悪がられると思っていたから。
しかし、彩花は「感謝の気持ち」と言葉を加えていた。
そこが素晴らしいと思う。
俺も用意しとけばよかった! と思ってしまうくらいには。
理久が突然のプレゼントに困惑していると、彩花は毅然とした態度で言葉を返した。
「いえ。これはわたしが勝手にやったことですし、兄さんにはお世話になりっぱなしです。気兼ねなく受け取ってください」
眩しくなるような笑顔を見せて、彩花はプレゼントを手渡してくれる。
受け取って、中を見た。
そこには、暖かそうなマフラーが入っている。
彩花からのプレゼント。
あまりにも輝いて見えたそれを、そっと持ち上げた。
「兄さん、寒いのが苦手だと仰っていたので。通学のときにでも使ってください」
あんな些細な言葉を覚えていてくれたのか。
嬉しすぎて、胸がじぃんとしてしまう。
「うわあ……、ありがとうございます……! いやこれ、もったいなくて使えないです……!」
マフラーを見つめながら、はしゃいでそんなことを言ってしまう。
子供から贈り物をされた親のようだけれど。
それだけ嬉しく、理久にとって尊いものだった。
すると、彩花はくすりと笑って、理久の手からマフラーを奪う。
「嫌ですよ、兄さん。使ってください」
そう言いながら、彩花は理久の首にマフラーを巻いてくれた。
そして、「あぁやっぱり。兄さんによく似合います」と笑う。
「――――――――――」
あぁ。どこまでも、彼女は理久の心を奪ってしまう。
それは、兄相手だからこそできる、気安い行動だとしても。
理久の心を揺さぶるには、十分だった。
何も言えずに、彩花を見つめることしかできない。
溢れそうになる思いを、必死で抑えた。
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