第115話



「あぁ、寒いですね、やっぱり」



 隣を歩く彩花は、そんなことを言いながら白い息を吐く。


 食事を終えて洗い物を済ませたあと。


 理久と彩花は、夜空の下を歩いていた。


 ふたりとも、部屋着の上からコートを羽織っただけのずぼらスタイル。


 しかし、外から見る分にはだれもそのことに気付かない。


 コートの下が部屋着であることは、家族である理久だけが知っている。


 なんだかそれが、誇らしかった。



「でも、星空は綺麗ですよ」



 理久が空を見上げると、つられて彩花も目を向けた。


 冷たい冬の澄んだ空気が、星々を大きく見せている。


 煌びやかな星の海に、彩花はほうっと息を吐いた。



「本当ですね……」



 口から、白い息が漏れていく。


 こうして、彩花と夜道を歩けるのは嬉しい。


 普段はよく行動をともにするが、夜はさっぱり出歩くことはない。


 中学生と高校生なのだから、当然なのだが。


 ごく稀に彩花がコンビニに出向くこともあるが、そういうときは理久ではなく、香澄が頼りにされるのだ。


 というか、彩花は香澄に甘えたくて、コンビニに付き合って、と言っている節がある。



 理久は頼りにされる対象ではあるが、甘えられるような間柄ではない。


 いずれ、「兄さん、コンビニ付き合って?」と言われることがあれば、嬉しいなあと思うけれど。



「それで、彩花さん。何があるんですか?」



 彩花に問いかける。


 結局、理久はどこに付き合うのか、どういった目的なのか、知らずに彩花に連れ出されている。


 すると彩花は、静かに微笑んだ。



「ここまで何も言わずに来てくれたんですから。いっそこのまま行きませんか?」



 彼女も普段と違う状況にテンションが高まっているのか、そんなことを言う。


 そういうことなら、ともう聞かず、ふたりで夜道を歩いていく。


 そして、目的の場所には案外早くに辿り着いた。 



「……なるほど」



 こうして目の前にすると、来たがった理由もよくわかる。


 彼女が連れてきてくれたのは、先日、佳奈たちといっしょに来たショッピングモール。


 その手前。


 整備された並木道に、輝くような電飾が付けられている。


 クリスマスのイルミネーションだ。


 木々が明るく綺麗に彩られ、光に包まれた道ができている。


 先ほど見た夜空とはまた違った、人工だからこその美しさ。


 奥まで光り輝く電飾に、ほうっと息を吐く。


 暗い夜道を照らす光景は、何とも幻想的だった。



「これは……、綺麗ですね……」


「えぇ、とっても。すごく綺麗です」


 


 ふたりで立ち止まり、シンプルな感想を言い合う。


 それだけ、このイルミネーションは特別感があって、ロマンチックな空気が胸に入り込んでくるようだった。


 そして、何より。


 イルミネーションを見上げる、彼女の横顔。


 いつも見ている彼女の横顔は、今日も変わらず美しかった。


 光に照らされて、まるで輝きを放っているようだ。


 手を伸ばしたくなるような綺麗な長い髪も、さらりと揺れる一本一本が愛しい。


 そんな彼女が、今ここに、隣にいてくれることが嬉しかった。



 すっかりイルミネーションではなく、彩花に見惚れていると、彼女の目がこちらに向く。


 そのまま、ふわりと微笑んだ。



「るかさんが、教えてくれたんです。綺麗なイルミネーションがあるから、兄さんといっしょに行くといいよって」



 どうやら、るかのアシストらしい。


 あとで強めのお礼を言っておこう。


 彩花は前に目を向けて、言葉を続ける。



「ひとりで来るのは、ちょっとハードルが高いですし。兄さんに手伝って貰っちゃいました」


 


 ふふ、と彩花は穏やかに笑う。


 イルミネーションをバックに笑う彼女の姿は、だれよりも綺麗だった。


 見惚れそうになるのを堪えて、理久はその理由に目を向ける。



「そうですね。俺もひとりで来るのは、難しいと思うので。連れてきてもらって、よかったです」



 イルミネーションの中を歩くのは、ほとんどがカップルだ。


 ひとりの通行人もいるにはいるが、気まずそうに速足で立ち去っていく。


 そうでなくとも、こんなところに彩花がひとりでいたら大変だ。


 絶対ナンパされる。



 ふたり並んで、並木道をゆっくりと歩いていく。


 歩いているだけで、どこか別世界を見ている気分だった。


 ただ。



「………………………………………………」


「………………………………………………」



 さっきまで、楽しくしゃべっていたのに、彩花は黙り込んでいた。


 その頬は少し赤くなっており、視線が気まずそうに揺れている。


 わかる。


 きっと理久も、同じような表情と挙動をしているに違いない。



 というのも。


 カップルのイチャつきが異常なのだ……。


 このムードに惹き込まれ、女性が男性にしなだれかかっていたり、腕を組む姿が多く見受けられる。


 何ならもう、キスまでしちゃいそうな空気である。


 年齢は大人の人たちから、理久たちと変わらない子たちまで。


 総じてムードに呑み込まれ、ふたりだけの世界を作りまくっていた。


 気まずい。



 この空気につられて……、ということなんだろうが、こちとら兄妹でやらしてもらっている立場だ。


 リビングで映画を観ていたら、ベッドシーンに突入したような気まずさがある。



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