第113話
季節は進み、外に吹く風がさらに冷たくなってきた。
年末が迫ってきて、皆慌ただしく過ごし、父も香澄も仕事が忙しくなっている。
一方、理久たちは冬休みが近付き、少しずつ弛緩していく中。
理久は、確かめなければならないことがあった。
大事な大事な、イベントの予定である。
絶対に気になる、年末の大イベント。
しかし、その前に。
それに勝るとも劣らない、お祝い事があった。
「彩花さん。ダイエット、お疲れ様でした!」
「ありがとうございますっ。兄さんも、たくさん協力してくださって、本当にありがとうございましたっ」
ある日の夕飯。
席に着いた理久と彩花は、そんなふうに健闘を称え合った。
そう。
彩花のあの「太った」事件から数週間。
理久と彩花は、いっしょになってダイエットに励んでいた。
カロリー控えめな料理をふたりで作って、運動もして。
その成果はきっちりと出た。
先日、彩花と香澄は近くのスーパー銭湯に行った際に、身体チェックをしてOKをもらっている。
今日でダイエットは終了だ。
「いただきます……っ」
彩花は泣き出しそうなくらいの笑顔で、手を合わせている。
今日の晩ご飯は、今までずっと食べられなかった鶏のからあげ。
彩花に「何が食べたいですか?」と訊いたら、物凄く真面目な顔で数十秒考えたあとに、噛み締めるように「……兄さんの、からあげが食べたいです」と答えてくれた。
からあげは正直作るのも後片付けも激烈に面倒くさいのだが、彩花のためならいくらでも揚げてやろう、という気持ちになれる。
彩花は早速、あげたてのからあげに箸を伸ばした。
ざくっ、と良い音を立てて、彩花はしみじみ感想を口にする。
「んん~ぅ……! おいしいです……っ!」
「それはよかった。たくさん食べてください」
「はいっ」
嬉しそうに、彩花は顔をほころばせる。
元々あまり顔には肉が付いていたとは思えなかったが、今はよりほっそりとしていた。
身体は見ないようにしているのでわからないが、増えたお肉もちゃんと落ちたらしい。
体重も元に戻ったとのことなので、これからは間食や食べ過ぎないように気を付ければ、以前のような体型に戻ることはないだろう。
その問題が解決したのは、とても喜ばしい。
彩花には、おいしいものを力いっぱい食べていてほしかった。
久しぶりの揚げ物に幸せそうにしている彩花も、すごく可愛らしい。
しかし、理久は今までにない緊張を背負っていた。
何せ、今は十二月中旬。
家族としては、年末や正月もいろいろと気になってくるが、それよりも大事なイベントがひとつ。
クリスマスイブである。
「……………………」
好きな女の子に、クリスマスの予定があるかどうか。
それはどんなことよりも気になることだ。
しかし、男子が女子に「クリスマスってどうしてんの?」と聞くのは、なかなかにリスキー。
もしかして、自分に気がある? と思われてもおかしくない行為だ。
特に理久は、彩花に決して好意を悟られてはいけない、という制約がある。
けれど、そこは家族という伝家の宝刀を使わせてもらう。
「そういえば、彩花さんってクリスマスはどうするんですか? ご飯っていります? 父さんたちは普通に仕事みたいですけど」
すらすらと、考えておいた文言を口にする。
あくまでご飯は必要かどうか、家族としての質問なら問題ないはず。父たちの名前を出して、家族であることをことさらにアピールしたのもそれが理由。
おかげで、彩花は特に気負った様子もなく、口を開こうとした。
そこで、別の緊張が襲い掛かってくる。
ここでもし、彩花に予定があったら。
佳奈やクラスメイトだったらいいけれど、相手が後藤だったりしたら。
これはもう大惨事である。
彼女の一言で、自身がバラバラになる可能性だってある。
理久は身構えて、彩花の返事を待った。
果たして、彩花の答えは――。
「あ、家にいますよ」
心の中で、ほうっと息を吐く。
めちゃくちゃ安心してしまった。
そのせいか、つい余計な言葉まで付け足してしまう。
「そうなんだ。もしかして、佳奈ちゃんたちと過ごすのかな、とも思ったんだけど」
気が抜けたせいで出て来た不用意な質問に、彩花は笑いながら答える。
「佳奈は真面目ですから、最初から話に出ませんでした。後藤くんからは誘われたんですけど、受験生ですから。やめておきましょう、って話になりました」
「……………………」
それは~………………。
どっち?
後藤から「佳奈たちといっしょにクリスマスを過ごそう」とか、「前の五人で集まろう」と言われたのか、それとも、「ふたりで過ごそう」って言われたのか……。
それに対して、「受験生だから」って断ったってことは……、そうじゃなかったら……? 行ってたかもしれないってこと……?
後藤……。攻めの姿勢は敵ながらあっぱれであり、しっかりと関係ないところで揺さぶられているぞ……。
思わぬライバルの行動に動揺しながらも、理久はそれを流した。
「そっか。なら、クリスマスもいっしょにご飯作りましょうか」
「兄さんは、クリスマスの予定はないんですか? るかさんとか」
彼女の言うとおり、るかがフリーだったら普段はるかと過ごしている。ふたりきりよりも、ほかの友達といっしょなことも多いが。
さすがにるかは佳奈をクリスマスに誘う度胸もないだろうし、受験生への遠慮もあるだろうから、先日、「今年はどうする?」と水を向けてみたのだが。
『やー、今年はやめとくよ。理久が外に出ちゃうと、彩花ちゃんひとりになっちゃうかもじゃん。それは可哀想でしょ』
『彩花さんがフリーだったら? うち来てもいいよ。三人でどっか行ってもいいし』
『それなら素直にふたりで過ごしなよ。わたしだって別に、恋人以外なら過ごす相手いるんだから。気にしなくていいよ。来年は絶対佳奈ちゃんと過ごすがな!』
とのことだった。
まぁるかは友達も多いし、そこまで気を遣う意味は正直ない。
なので、今年はるかとは別行動に決まった。
普通の男女だったら、クリスマスをいっしょに過ごす意味が大きいのも確かだ。
そこで何かが変わるかもしれない、という期待がないわけでもない。
ただ、やっぱり家族としての過ごし方になるんじゃないかなあ、とは思っている。
それはそれで、幸せな夜かもしれないが。
「彩花さん、クリスマスはなに食べたい?」
「せっかくですから、クリスマスっぽいものが食べられたら嬉しいです。でも兄さん、作れますか?」
「どうだろう。一回調べてみようかな」
そんなふうに相談する。
まぁきっとクリスマスは、こんなふうにいつもどおりご飯を食べるんじゃないだろうか。
特別なのは、きっと料理くらい。
それでもふたりで過ごす、初めてのクリスマスだ。
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