第112話

「……ごめん。寝顔、見てしまって」



 とりあえず謝ろう、と思ったら、そんな言葉が出て来た。


 いや、正直なところ、リビングで昼寝をかましていた彩花に非があると思うし、アイマスクだからあんまり見えていないのだが。


 でも、アイマスクを外したあとの一連の動きは、本当にこうやって起きてるんだろうな……、と考えてしまって、めちゃくちゃドキドキしたのも事実だった。


 あとで記憶をなくすくらい、頬を思い切り叩いておくので許してほしい。


 彼女はこれ以上顔を赤くできないだろう、というくらい赤くなって、震える唇で声を出した。


 


「に、にいさん……、ど、どうして……? きょ、今日は夕方まで帰ってこないって……」


「いや、ちょっと向こうに用事があって、早めに帰ってきちゃったんです。彩花さんが寝ているなら、もう少し時間ずらしたんですけど……」



 なんと言っていいかわからず、変なフォローをしたせいで、彩花は顔をより羞恥に染めてしまう。


 そのまま両手で顔を覆い、「うぅぅぅぅ~~!!」と悶えてしまった。


 かわいい。


 かわいいが、多分本人的には洒落にならない。


 ただ、ここで「まぁどんまい。俺も忘れるから気にしないでいいよ」と言えるほど、理久も達観していない。


 放置できないくらいの疑問がある。



「ええと……、聞いていいかな。なんで、わざわざリビングで昼寝を……?」



 彩花は既に座り直し、膝の上で手をぎゅうっと握っていた。


 顔は真っ赤なままで、髪もぼさぼさ。パジャマも若干着崩れている。


 思えば、今までいっしょに暮らしてきて、ここまで「寝起き!」という彩花の姿は初めて見たかもしれない。


 普段はパジャマ姿でうろうろしているものの、ちゃんと身だしなみは整えているのが普段の彼女だった。


 泣き出しそうな顔で、彩花はぼそぼそと答える。



「前々から……、ずっと考えていたんです……。ここって、日当たりもいいし、ソファもちょうどいい硬さだし、天気のいい日にお昼寝したら絶対気持ちいいって……。それで、いつか、いつかお昼寝しよう、ってずっと考えてて……」


「そんなことずっと考えてたの!?」



 虎視眈々と昼寝する機会を探っていたってこと?


 日頃から、ここで絶対いつか寝てやるぜ……、って?


 そんな変な趣味あったの?


 それは彩花も自覚しているのか、本当に恥ずかしそうに顔を伏せてしまう。


 しゅうう、と湯気でも出てきそうなくらい、顔が真っ赤だ。


 かわいいけども。



「どっちにしろ今日はお休みの日ですし……、みんな外出するって聞いていたので……、これは……、ついにチャンスだ……、って……」



 おかしな告白をしているせいで、どんどん声が小さくなってしまう。


 まぁ確かに、休日に彩花だけが家に残り、ほか三人が外出しているという機会はあんまりない。


 ついにチャンスが回ってきた! とリビングでお昼寝していたらしい。


 そこで、彼女の「お休みの日」という言い回しに気付く。


 途端に、いろいろと繋がってしまった。



「……彩花さんって。『家で休んでます』って言ってるときって、いつも部屋で寝てたりします? こう……、気合を入れて、寝るぞー! みたいな感じで……」



 前日に張り切って寝具を洗うのも、部屋から出てこないのも、そういうことではないか。


 寝るのを楽しんでいるんじゃないだろうか。


 以前から、アロマやら手のツボの件で、眠りに対しての知識はあると思っていた。


 それに加えて、こんなにもお昼寝を楽しみにして、わざわざ部屋からいろいろなものを持ってきてまで、リビングで寝ている。


 理久は今まで、「このリビングは日当たりもいいし、絶対お昼寝したら気持ちいいぞ~!」なんて考えたこともなかった。


 日頃から寝ることを考えている人じゃないと、思いつかないと思う。


 すると、彩花は髪を耳にかける。その耳も、真っ赤っ赤だ。



「は、はい……。仰るとおりです……。わたし、お休みの日に、ゆっくり眠れる環境を整えて、たっぷり眠るのが大好きで……。恥ずかしくて言えないんですが……、それが……、趣味、で……」



 心から恥ずかしそうに、彩花は告白する。


 眠るのが趣味。


 いやまぁ、ちょっと変わった趣味だが、そこまで恥じらわなくてよいのではないか。


 そう伝えると、彩花は羞恥にまみれた顔で答えた。



「だ、だってぇ……! た、ただでさえ兄さんには食いしん坊だと思われているのに……! これで眠るのが趣味って、どこまで欲求に忠実なんだ、って思われるじゃないですか……っ!」


「あー……」


「あー、って言わないでください……!」



 彩花は再び、両手で顔を覆ってしまう。


 食べるのが大好き、眠るのが大好き、となると、確かに。


 思春期の女の子には、恥ずかしいことかもしれない。


「眠るのが趣味です」と言いづらいのも理解できる。


 けれど、彼女が欲求に忠実なのは事実だ。


 今も、恥じらいながらもこう続けている。



「でも、眠るのが大好きなんです……っ。思ったとおり、ここは日当たりが良くてすごく気持ちよくて……っ。幸せな気持ちでいっぱいでした……。洗ったシーツと干したお布団でお昼寝するのも、お昼までのんびり寝ているのも、だ、大好きで……、いつしか、快眠するためにいろいろ揃えたりして……」



 アロマや高そうな枕、手のツボはその産物ということらしい。


 そこまでいくと、確かに立派な趣味だと感じる。


 そういえば、以前、佳奈に「彩花の趣味は?」と訊かれ、読書と答えて外れたことがある。


 きっと彼女は、この特異な趣味を知っていたんだろう。


「いや、まぁ。良い趣味だと思いますよ。そこまで気にしなくても」



 あまりにも恥ずかしがっているので、思わず理久がそう答えると、彩花はジトッとした目を向けてきた。


 大方、適当なことを……、とでも思っているのかもしれない。


 確かに、適当だったかもしれない。


 でも、新しい彩花の一面を見られて、正直嬉しかったのだ。


 恥ずかしくなるような趣味も、全力全開でお昼寝する姿勢も。


 それがバレて、恥じ入っている姿も。


 それらのすべてが愛おしかった。



 しかし、そこで彩花が頭をぶんぶんと振った。


 切り替えるためなのか、そのあと大きく息を吐く。


 パンっと手を合わせた。


 真面目な表情で、理久の顔を見上げる。



「こうなったら、わたしも隠すことはしません。兄さん、あんまり眠れないって言ってましたよね。わたしが本当に気持ちのいい眠り方をお教えするので、今度いっしょにやってみましょう」


「あ、それは助かりま……、す、はい……」



 一瞬、「いっしょに寝ましょう」と言われたのかと思って、動揺してしまった。


 とんでもない爆弾発言かと思ってしまった。


 あくまで彼女は、「気持ちよく寝る準備を教えるので、やってみましょう」と言っているだけであって、いっしょに寝ようなんて当然思っていない。


 思っていてたまるか。


 彼女はにっこり微笑んで、それを語った。



「わたし、シーツも洗いますし、布団も干しますから。アロマを焚いて、温かいアイマスクをしながら寝てみてください。きっと気持ちよく眠れますよ」



 ……うん、ほらね。やっぱりそうだったでしょうが。


 いっしょにお昼寝~、なんてことは当然ない。


 後藤あたりに一発殴ってもらったほうがいいかもしれない。



 そして、彼女の趣味が「眠ること」なのは、本当なんだと悟った。


 だってこんなにも、嬉しそうに話しているのだから。




 後日、彩花はウキウキしながら理久に快眠する方法をレクチャーしてくれた。


 それから彩花は隠すことなく、休日の予定発表のときは「家で寝てます!」と幸せそうに言っていた。


 かわいい。

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