第111話
そして、日曜日。
この日、彩花以外は外出しており、理久も夕方に帰ってくる予定だった。
なので、ご飯はいっしょに作りましょう、と彩花と約束している。
ただ、その日は友人に用ができてしまい、予定より早く帰ってくることになった。
「ただいま」
声を掛けながら、玄関の扉を開ける。
彩花がいれば、「おかえりなさい」と顔を出してくれるが、今日はなかった。
今日は、「家で休んでいます」の日だ。
おそらく、部屋に閉じこもっているのだろう。
だから、特に気にせずにリビングに入って行ったのだが。
そこで、不可思議なものを見つけてしまう。
「えっ……」
自分の口から声が出て、慌てて飲み込む。
リビングに、大きく変化があったわけじゃない。
ただ、ソファに彩花がいた。
その彩花の様子がおかしい。ソファに横になっているのだ。
普段の彼女は床でもソファでも寝転んだりせず、行儀よく座っている。
だからこそ、こんなふうに寝転ぶ姿自体がとても珍しい。
でも、それだけなら「珍しいなあ」くらいで済む話なのだが。
彼女はソファに横になって、毛布を上からかけて、顔にはアイマスクが付けていた。
頭の下には枕。
胸は規則正しく上下に動いており、手は毛布の上に折り重なっていた。
……寝ている。
彩花がリビングで昼寝をしている。
「なんで?」
いや、別にいいのだ。
彼女もこの家の一員なのだから、リビングで昼寝をすることにいちいち許可なんて必要ない。
それはそうなのだが、それにしたってなんで?
ちょっとうたた寝、という感じでもなく、めちゃくちゃ寝る気満々でソファに横たわっている。
毛布も枕もアイマクスクも、わざわざ部屋から持ってきたらしい。
ガッツリ昼寝するぜ! という気概が伝わってくる。
「……うぅん」
人の気配を感じたのか、彩花の小さな唇から声が漏れた。
しかし、彼女は目を覚ますことなく、再び寝息を立て始める。
そのまま、幸せそうに動かなくなった。
理久はどうしていいかわからず、ただ見下ろす。
……なんというか。
以前、似たようなことがなかったわけでもない。
そのときは「女性の寝顔を見ちゃいけない」と思って目を逸らした。
だが、アイマスクで顔の大部分が隠れているせいか、そういう罪悪感が消えてしまっている。
いやまぁ、この状況が謎過ぎるせい、というのもあるが。
つい、彼女を観察してしまう。
彩花は普段から着ているパジャマを着用しており、髪はサイドテールにして前に垂らしていた。
完全に寝る体勢だ。
ここがリビングでなければ、アイマスクがなければ、きっとその寝顔にどぎまぎしていたんだろうけど。
そのあまりにも寝る気満々の姿勢と、この場がリビングであることと、普段の礼儀正しい彩花の姿と差がありすぎて、ちょっと面白くなってしまっている。
「……これ、気付かないふりして部屋に戻ったほうがいいんだろうな」
あまりにも異質な存在に、そんなことを呟く。
前と違って、毛布を持ってくる必要もないし。持参してるし。
そう考えて、思わず顔がほろこんでしまう。
彩花がこの家に来たばかりのとき、ソファで居眠りしていたことがあった。
彩花が理久にいたずらされると誤解し、それを受け入れたという、苦い思い出ではあるけれど。
彼女に踏み出すための、きっかけでもあった。
あのときは本当にうたた寝、という感じだったし、彼女も気を張っていた。少し緩みや油断が出ただけ。
けれど今は、穏やかに眠っている。
こんな、リビングで。
きっと彼女は、いたずらされるなんてもう思っていないし、だからこうして眠っていられるんじゃないかと思える。
……いや、どういうつもりでリビングで全開の昼寝をかましているのかはわからないけれど。
まぁ、これは見ないふりをするのが一番なんだろう。
いやでも、既に帰宅しているわけだし、この状態の彩花に気付かなかったー、というのはちょっと無理があるか?
かといって、起こすのも違う。
だから、理久はどうしたものか……、と迷っていたのだが。
「……っ」
スマホからアラーム音が鳴り響き、理久の身体がビクッとする。
同じように彩花の身体ももぞもぞと動き始め、「……んぅぅ」という悩ましい声が口から漏れた。
アイマスクをしたまま、ふらふらと手が動き、スマホを掴み、慣れた様子でアラームを切る。
そこで一旦、ぴたりと動きが止まってしまう。
しかし、すぐにむにゃむにゃと口が動いた。
「起きなきゃ……、兄さんが……、帰ってきちゃう……。ごはん……、つくるから……、起きなきゃ……、んぅ」
寝ぼけているのか、子供っぽい口調で独り言を言いながら、彩花はゆっくりと身体を起こした。
そこでアイマスクを外し、再びむにゃむにゃと口を動かす。
幸せそうに「ふわああ……」と大あくびをしながら、ぼさぼさの髪を撫でた。
「いっぱい寝た……」とぼんやり呟き、まとめていた髪をほどく。
そして、焦点の合わない目をこちらに向けた。
目が、合う。
「……?」
しかし、彼女はの~んびり首を傾げて、うつろな目でこちらを見るだけ。
一方、理久は気まずそうに彼女を見ていた。
そこでようやく、彩花はちゃんと目が覚めたらしい。
目を大きく見開き、見る見るうちに顔を赤くさせた。
羞恥に染まった瞳で、わなわなと唇を震わせる。
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