第110話
……理久には、前々から気になっていることがある。
彩花の、ある言い回しだ。
それは、休日の予定を報告する際、時折登場した。
小山内家の休日は、あらかじめある程度の予定を報告することになっている。
父なら、「土曜日は家にいると思う。日曜日は買い物に出かけるけど、夕方には帰るよ」といった感じだし、
理久なら「土曜日は昼前に友達と遊びに行ってくるから、夕ご飯はいらないです。日曜日は予定がないので、家にいると思います」といった感じだ。
何が重要かと言えば、昼食、夕ご飯が必要かの有無だ。
土日は香澄が作ってくれることも多いし、食事がいらない場合は前もって報告しておかなければならない。
そして、気になる彩花の言い回しはここで登場する。
「土曜日は佳奈と図書館で勉強しますが、夕方には家に帰ります。日曜日は家で休んでいます」
……どうだろう、おかしな言い回しに感じないだろうか。
また別の日。
「土曜日は家にいると思います。日曜日は、ちょっとだけ買い物の予定です。ご飯はどっちも家で食べます」
こちらには、おかしな言い回しはない。
……では、ここまで露骨にすれば、わかりやすいだろうか。
「土曜日は予定がないので、家にいると思います。日曜日は家で休んでいます」
これだ。
彩花は時折、「家で休んでいます」という言い回しを使うのだ。
いや、別に言い方にケチを付けているわけではない。
ただ、「家にいます」と「家で休んでいます」の違いはなんだろう。
気になるが、本人に「あれってなんで言い回し変えてるんですか?」とは聞きづらい。
もちろん特に意味はなく、なんとなく言っているだけの可能性も考えた。
本人すら、気付いていない可能性さえあると。
しかし意識してしまうと、「家で休んでいます」と宣言したときの彩花は、あまり部屋から出てこない。そのことに気付いてしまう。
お昼ご飯の時間になってようやくひょっこり顔を出すときもあれば、お昼が過ぎてから夕飯までずっと部屋にいるときもある。
そして総じて、部屋を出たあとはなんだかスッキリしているような、幸せそうなぽわぽわした顔をしているのだ。
いやいや、休日だったらそれくらい普通だろう、と思われるかもしれない。
理久も同居当初だったら、その違いに気付かなかっただろう。
けれど以前はともかく、今は。
彩花は、あまり部屋に閉じこもるタイプではないのだ。
夜はさすがに共通してあまり出てこないが、普段はリビングにもよく顔を出す。
リビングで本を読んでいることもあれば、勉強していることもあるし、家事をしていることもある。
とにかく、存在を感じられる。
だが、この「休んでいます」宣言日は共通して部屋から出てこない。
物音もあまり聞こえない。
家にいると言っているのに、いないようにすら感じられた。
普段の彩花とは、明確な違いを感じる。
しかし、このことに対して、「何をやっているんですか?」とは聞けなかった。
さすがに、プライベートに立ち入りすぎな気がして。
ただ、ひとつ気付いたことがある。
「家で休んでいます」と宣言した彩花は、たいてい前日に家で張り切っていることが多い。
たとえば。
「兄さん。ちょっといいですか?」
土曜日の午前中。
部屋をこんこん、とノックされた。
今日の彩花は、「昼ご飯を食べたあと、少しだけ外出する。夜ご飯は家で食べる」という予定だった。
扉を開けると、彩花はにっこりと笑った。
そうして、部屋の奥を指差す。
「ベッドのシーツを洗いますので、出してください」
「あ、はい……、ありがとうございます……」
張り切った様子でシーツを洗い、布団もしっかりと干す。
なんだかやけに活動的なのだ。
そうじゃないときは、夜遅くまで勉強していたり、逆にとても早く就寝したり。
普段とは違う生活を過ごし始める。
なんだろう。
気になりつつも、そこまで踏み出すのはどうなんだろう。
結局その謎は、解けないままだった。
そして、ある日の週末。
いつもどおり、家族の週末予定が語られた。
理久「土曜日はるかちゃんと外出。夜ご飯いらない。日曜日も朝から友達と外出、夕方には帰ってくる」
父 「土曜日は家にいる。日曜日は用事で、朝から夕方まで帰ってこない」
香澄「土曜日は買い物に出かけるけど、夜には帰って来る。日曜日は休出だから、ご飯お願いします」
そして彩花は、「土曜日は昼から図書館。日曜日は、家で休んでいます!」と宣言した。
またあの言い回しだ。
いったい、なんなんだろう。
そのあと、父と彩花はリビングから出ていき、香澄とふたりきりになる。
本人には訊けなくても、香澄に訊くのはそれほどハードルは高くない。
こっそり聴いてみた。
「あの、香澄さん」
「うん? どうしたの、理久くん」
「彩花さん、たまに『家で休んでます』って言い方するときあるじゃないですか。そういうとき、彩花さんってあんまり部屋から出てこなかったり、前日に張り切ったりしますけど……、何か特別なことをしてるんですか?」
できるだけ気持ち悪くならないよう、警戒されないよう、慎重に尋ねてみる。
すると香澄は、これといって気にした様子もなく、答えてくれた。
「そうねぇ。なんというか、彩花の趣味?」
「趣味?」
読書ってことか?
「今日は一日、部屋でどっぷり本を読むぞ~!」って日なのだろうか。
それはそれで、なんだかかわいいけど。
ただ、普段はリビングでも読んでいるのに、なぜわざわざ部屋に閉じこもるのだろう。
そのほうが集中できるのだろうか。
理久が釈然としていないことに気付き、香澄ははっとした様子で口元を押さえた。
「ごめん。これ内緒にしておかなきゃいけないやつだった。答えられないわ、ごめんね?」
「……?」
そんなことを言われてしまう。
内緒にしておかなきゃいけない趣味……?
いったい、彼女は部屋で何をしているんだ?
疑問はむくむく大きくなるものの、この様子だと本人に訊いても教えてもらえなさそうだ。
というか、彩花が部屋の中で何をやっていようが、詮索すべきではない。
気にすることさえ、よくない。
そこは線を引くべきだ。
それはわかっているが、さすがにそんなことを言われると気になってしまうのだった。
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