それぞれの想いと
第91話
その日の夕方。
小山内家のリビングに、三人は集まっていた。
理久が座る向かい側には、普段よりさらに仏頂面になった後藤がいる。
理久の隣には、彩花が肩身が狭そうに座っていた。
『なんで、ふたりが、いっしょに。というか、なんなんだ、今の会話は。兄さん? 冷蔵庫……? スーパー……、買い出し……。なぁ三枝……。いったい、なんなんだ……?』
今朝、理久と彩花がランニングをしている最中。
ちょっと休憩しているときに、ふと漏らしてしまった、あまりに家族らしい会話。
それを偶然、通りかかった後藤に聞かれてしまったのだ。
彼も理久たちと同じく、早朝ランニングをしていたらしい。
困惑する後藤だったが、「とにかく事情を説明してくれ」、と彩花たちに詰め寄った。
しかし、その日は平日。
学校前にちょっと、と話せる内容ではない。
なので放課後、後藤には小山内家にやってきてもらったのだ。
「それで。どういうことか説明してもらえるんですか」
後藤は、目つきを険しくさせながらそう言う。
状況が状況だ、そんな表情になってもおかしくはない。
きっと彩花は今日一日、針の筵だったのではないだろうか。
彩花はおずおずといった様子で、話し始める。
「うん……。夏休みくらいの話なんだけど……。わたしの母と、兄さんの父が再婚して……」
後藤は「兄さん」という言葉にピクリと眉を動かす。
しかし、特に言葉を挟むことなく、黙って話を聞いていた。
彩花は緊張しながら、たどたどしく言葉を並べていく。
理久もそれに加わりながら、今までのことを説明した。
事情をすべて説明しきると、後藤は頭を抱える。
「……俺に言ってくれても、よかったんじゃないか」
彩花に対しての言葉だ。
彩花はそれで、しゅん、としてしまう。
その理由を、後藤は続けて口にした。
「おかしな嘘を吐いてまで、隠すべきことじゃないだろう」
問題は、そこだ。
文化祭までならば、このことがバレてもそれほど問題はなかった。
実は……、と話して、それで済む話だ。
しかし、先日の勉強会では、後藤にだけ嘘を吐いている。
わざわざ彩花は、ここを自分が住む家じゃないかのような演技をし、後藤を欺いていた。
後藤が憤りを感じるのも、無理からぬ話だ。
後藤はむすっとした表情で確認する。
「このこと、宮沢は知っているのか」
「うん……。佳奈には、前々から再婚した話は伝えているから……」
「望月さんは」
「るかさんも知ってる……」
「…………」
後藤はため息を吐き、頭を振った。
もう一度、「俺にも言ってくれてよかったんじゃないか」と言葉を突き付ける。
彩花は肩を落とし、「ごめんなさい……」としょんぼりしている。
「ちょっと待ってほしい」
理久は口を挟む。
理久がここにいるのは、このときのためだ。
後藤は、じろりと理久に目を向けた。
その瞳は、今までのものとは決して同じものではない。
彼が理久を敵視しているのは、明白だった。
その理由を、理久は当然わかっている。
けれど今は、見て見ぬふりをさせてもらった。
「彩花さんは、知られたくなかったんだよ。同じクラスの、しかも男子である君には。わかるでしょ? 再婚した話なんて、そう言いたい話じゃない」
理久の言葉に、後藤はむっとしていた。
しかし、一方でその言葉には納得するものがあったらしい。
一度は口を閉じかけたものの、理久自身に対して反発を覚えたようだ。
睨むような目つきで彼は理久を見る。
「でも、宮沢には伝えていたんでしょう。それなら俺にも……」
「佳奈ちゃんと後藤くんじゃ、立場が違うでしょう」
「にしたって、あんな嘘を吐くくらいなら……」
「や、やめてくださいっ」
口論に発展しそうな気配を感じたからか、彩花が辛そうに声を上げた。
伏し目がちになりながら、口を開く。
「嘘を吐いたのは事実です……。後藤くんが不快になるのも、仕方ないです。後藤くん、ごめんなさい」
彩花が謝ったことで、後藤は気まずそうな表情になる。
目を逸らしながら、ぼそりと答えた。
「いや……。俺も悪かった。親の話なんて、言いたくないに決まってる」
そう、それは事実だ。
彩花は中学生の女の子。
クラスの男子に、「うちの親、再婚したんだ」なんて言える子は、きっとそこまで多くない。
だからこそ、理久は心がちくりと痛んだ。
ここで黙っているのは、フェアじゃないと感じたのだ。
「……彩花さんは、言おうとしてたんだ。嘘を吐いたことを心苦しく思っていて、申し訳ないと感じていて。だから君には伝えようとしていた」
「…………?」
後藤が顔を上げて、理久を見る。
彩花は「兄さん、それは」と止めようとしたが、理久は言葉にした。
責められるべきは、間違いなく理久のほうだ。
「でも俺が、言わないほうがいい、って彩花さんに伝えたんだ。相談してくれた彩花さんに、『やめたほうがいい』って。その意味を、君ならわかるでしょ。だから、悪いのは俺だよ」
後藤は目を見開く。
そのまま、理久をまっすぐに睨み付けた。
しかし、彩花がきょとんとして見ていることに気付き、そっと目を逸らす。
そこには、明らかな苛立ちと怒りが見て取れた。
その理由を理解できていないのは、きっと彩花だけだ。
「そうですか。わかりました。納得しました」
後藤は頷き、立ち上がってしまう。
「納得したので、俺は帰ります」
「え、あ、えっと、うん……」
流れについていけない彩花だけが、戸惑いながら返事をしていた。
しかし、後藤が本当に納得したとは、理久は思っていない。
案の定、玄関で後藤は理久に目を向ける。
「小山内さん。ちょっと付き合ってもらえせんか」
「えっ……」
それに動揺したのは、彩花だった。
なぜ、という顔で後藤と理久の顔を見比べている。
それもそうだろう。
自分の義兄と、同じクラスの男子がなぜふたりきりで話をするのか。疑問に思って当然だ。
「わかった」
けれど、理久があっさり頷いてしまうものだから、彩花は慌てる。
「えっ、えっ。どうして……? どうしてふたりが……?」
事情を知らない彩花だけが、物々しい雰囲気に混乱していた。
心配そうに、今にも「わたしも行きます」と言い出しそうな彩花に、理久は苦笑を浮かべる。
しかし、この話し合いは彩花がいると成立しなくなる。
なんと言ったものか、と悩む理久に、後藤はあっさりと言った。
「三枝。恋愛相談だ。三枝が来ると困る」
「あっ……。あぁ、そう、いう……。わか、った……」
彩花は顔をぽっと赤くして、俯いてしまった。
確かに、恋の対象である彩花がいる前では、恋愛相談はできない。
いや、後藤ならできてしまいそうだが、彩花が困るだろう。
納得してくれたようなので、理久も靴を履き替えようとした。
すると、彩花は理久の袖をそっと引っ張ってくる。
「あの……、兄さん。あんまり変なことを教えないでくださいね……?」
かわいい。
顔を赤らめながら言う彩花に、そんな場合ではないのに和んだ。
彩花が心配するような秘密を、理久は数多く持っている。
体型の話とか。
食べ過ぎるところとか。
理久が恋愛相談に乗っているうちに、そういった情報を出すのを危惧したようだ。
当然、そんなことをするわけないので、「大丈夫ですよ」と笑っておいた。
「…………………………」
しかし、そんな理久たちを後藤はじっと見つめていた。
そこで自覚する。
そんな秘密が霞んでしまうほど、理久は大きな秘密を後藤に握られている。
本当に、和んでいる場合ではないのだ。
この生活がこれからも続くのかどうか、そんな瀬戸際であることを彩花だけが知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます