第85話
「彩花。あなたの体型、どうなったの?」
「! お、おかあさん! そんな、兄さんの前で言わなくても……!」
彩花は羞恥に顔を赤く染め、香澄の腕にすがりつく。
体型?
どうやら家族裁判の対象は彩花のようだが、話が見えない。
今も理久を恥ずかしそうにちらちら見ながら、香澄の腕を引っ張っている。
けれど、香澄はそんな彩花に冷ややかな目を向けて、静かに言葉を並べた。
「これはね、彩花。わたしは理久くんにも責任があることだと思っているから。聞いてもらったほうがいい」
「俺が?」
さっきから、何の話をしているか全くわからない。
戸惑っていると、彩花が泣き出しそうな顔で肩を小さくさせた。
どうやら膝の上で手をきゅっと握っているようで、肩まで力が入っているのが見て取れる。
香澄はそんな彩花の肩に手を置き、「ほら、ちゃんと言いなさい」と淡々と告げた。
彩花は今にも崩れ落ちそうな表情で、唇を引き結んでいたが……。
「……太り、ました……」
自供する犯人のように、苦しそうにそう言った。
ふと……っ、た……?
そう言われても、と理久は困惑してしまう。
今は伏せてしまっているが、彩花の顔はとてもほっそりとしていて、そもそもの顔が小さい。
言われてみれば、夏休みよりは丸くなった……、かも……? と思わないでもない、というぐらいだ。
理久からすれば、とても「太った」と言えるものではなさそう。
確かに、女子は一キロ二キロの増減で大騒ぎするようなイメージがある。
るかがよく、「ぐえーっ! 太ったァー!」と苦しそうに申告してきて、実際に増えたのは一キロ程度、ひどいときは数百グラムのときもあった。
その当惑が伝わったのか、香澄は据わった目でこう続けた。
「具体的に言うと――「お母さんッ!」
香澄が何キロ太ったか言ったようだが、彩花の悲鳴でかき消される。
さすがにそれは公開処刑が過ぎないだろうか。
数ヶ月前に兄妹になったばかりで、本質的には自分たちは他人なのだ。
慌てて、理久が口を開く。
「いや、あの。とてもそうは見えませんけど……?」
「そうね。彩花は顔には出ないから。だからわたしも油断してた。でも彩花は、お腹につくの。身体に出ちゃうの。久しぶりに彩花の裸を見て、ビックリしちゃったわ」
そうはっきり言われ、理久は気まずく目を逸らす。
彩花は泣き出しそうな顔で俯いているが、太ったことへの羞恥が先行しているらしい。黙り込んだままだった。
おそらく、これが彼女に与える罰なのだろう。
普段はやさしく、理久にも彩花にも穏やかな香澄だが、この件に関しては過去にひと悶着あったのかもしれない。目が違う。
そして、香澄は感情のない声で淡々と告げた。
「これは理久くんにお願いしてなかった、わたしのミスでもあるわ。だから母親として、改めて理久君には伝えておきたいの。彩花はね、放って置いたらいずれこうなるわ」
香澄はスマホを操作し、こちらに画面を向けた。
そこには小学生低学年くらいの彩花が写っている。
かわいい。
可愛くはあるが……。
こちらにピースをしている彩花は、その顔つきが妙に……。
「ふ、ふくふくですね……」
「ふくふくでしょう……」
「お母さんっ!」
彩花は再び悲鳴のような声を上げて、母のスマホを取り上げようとする。
今の彩花はすらりとしていて、あれだけ食べるのが不思議なくらいに細い。
太らない体質なのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
太りにくくはあるのだろうが、それでも太らないわけではない。
現に、写真の彩花は顔がぷっくりしていて、身体も丸かった。
まさか、彼女にこんな時期があったとは……。
そうなった理由を、香澄は静かに語る。
「彩花はね、ブレーキをかけないと無尽蔵に食べちゃうから。わたしがご飯を作っていたときは、量を調節して食べ過ぎないようにしていたの。間食の習慣も作らないようにしてて。でも、そこを気を付けていれば、太ることはなかったの。だから、この生活でも大丈夫だと思ってた。理久くんが作ってくれる料理も、そんなに量は多くなかったしね。……でも、彩花はここまで太った。何か、心当たりはある?」
「…………………………」
ありまくる。
夏休みのアイスから始まり、ホットケーキやスイーツビュッフェ……、理久は彼女といっしょにいっぱい食べてきた。
彼女が喜ぶ顔が見たくて、つい間食したことは何度もある。
そして、ここ最近のお夜食。
あぁ。
あれだけ余計なカロリーを摂取していれば、太るのも無理からぬ話だった。
実際、理久も体重は増加していた。
元々が細いから、気にならないだけで。
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