第83話
翌日。
夜中。
理久は昨日と同じ二十三時くらいに、お腹を擦った。
夕食が早いせいか、この時間になってくると胃はすっかり落ち着いている。
とはいえ、昨日のように空腹感は覚えなかった。
あんなことは本当に稀だ。
お腹がすくことも、夜食を作るのも。
気まぐれ、と言ってもいいかもしれない。
「…………ん」
隣の部屋から、扉の開閉音が聞こえる。
ぺたぺたと足音が聞こえ、階下に降りていく音が耳に届いた。
彩花はこの時間でも起きているようだ。
きっと、まだまだ勉強に勤しんでいるんだろう。
「頑張ってるなあ……」
ぼんやりと言いつつ、思ったことがある。
彩花は受験生らしく、受験勉強を頑張っている。
理久としては彼女を応援したいし、できることがあるなら何でも言ってほしい。
彼女が望めば勉強も教えるし、尽力を欠かすつもりはない。
受験は人生の関門のひとつ。
そのタイミングで起こった環境の変化は、決して望ましくなかったはずだ。
だからこそ、少しでも彼女の応援をしたい。
「……よし」
彩花が部屋に戻ったのを確認してから、理久は部屋を出る。
キッチンに降りてから、冷蔵庫を確認。
気合を入れて、フライパンを取り出した。
そして、十数分後。
理久はおそるおそる、二階に上がっていく。
廊下の電気を消したので、彩花の部屋からはわずかに光が漏れている。
まだ彼女は起きていた。
扉の前で咳払いをしてから、控えめにノックする。
「あ、彩花さーん……」
声もいっしょに掛けると、しばらくしてから扉が開いた。
「兄さん? どうかしました?」
彼女が部屋から顔を出す。
理久が彩花の部屋を訪ねることは滅多にないので、不思議そうにきょとんとしていた。
自然と彩花の部屋を見そうになって、慌てて目を逸らす。
すると、何やらいい匂いを感じた。
部屋の中から、柑橘系の爽やかで甘い香りが流れてくる。
ルームフレグランスでも置いているのかもしれない。
そのままの姿勢で、彼女に問いかけた。
「実は、今日も夜食を作りまして。もし、お腹が空いていたらいっしょに食べないかな、と……」
「え、お夜食ですか」
彩花はあからさまに目を輝かせた。
その反応にほっとする。喜んでくれたのなら、よかった。
すぐに部屋から出てきた彩花とともに、階段を下りていく。
「兄さん、今日はなにを作ってくれたんですか?」
「黒チャーハンです」
「わぁ、すごいものが出てきましたね……!」
嬉しそうに言っていた彩花は、チャーハンも嬉しそうに頬張っていた。
おいしいおいしいと何度も繰り返す。
その姿を微笑ましく感じていると、こんなことまで言ってくれた。
「こんなお夜食を食べられるのなら、勉強すごく頑張れます!」
そんなふうに笑う彼女を見て、作ってよかったなあ、と理久は心から思うのだ。
それからというもの、理久は毎晩のように彩花に夜食を振る舞った。
彼女は本当においしそうに食べてくれて、それを楽しみに勉強を頑張っているようだった。
夜中に部屋の扉をノックすると、まるで尻尾を振るように出てきて、嬉しそうに夜食を食べ進める。
そんな楽しい日が続いていたけれど。
それも長くは続かなかった。
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