第67話



 ――というわけで。


 父の提案により急遽、小山内家ホラー映画鑑賞会が始まった。


 全員が風呂から上がり、準備が整った時刻二十一時。


 ホラー映画を観るには浅い時間帯かもしれないが、文化祭の振替休日の彩花以外、明日も仕事と学校だ。


 パジャマ姿でソファに横並びになり、四人がテレビの前に揃う。


 右から父、香澄、彩花、理久の並びだ。



「いやあ。なんかこういうの、いいね。四人で映画だなんて、ちょっと嬉しいな」



 父は能天気に笑いながら、テーブルの上にジュースやお菓子を並べていた。


 そういったファミリー向けの映画でもないし、お菓子等も不釣り合いだとは思うのだが、父の気持ちはわかる。


 少し前までぎこちなく生活をしていた四人が、リビングで仲良く映画を観るだなんて。



 なんだか、家族っぽい。


 元々、理久が映画好きになったのは父の影響だ。それもあって、映画をいっしょに観る行為がより家族感を与えるのだろう。


 理久としても思うところがあったのだが、香澄はそんな感傷とは無縁のようだ。



「あぁぁあぁあ~……、ほんとにやだ……。ほんっとにやだ……。観たくないよお……、やだぁ……」


 


 香澄は手で顔を覆いながら、ずっとそんなことを呟いている。


 顔も青いし、目も据わっていた


 元々香澄は実年齢よりもずっと若く見えるが、その怯え方や感情の出し方のせいか、普段よりもさらに幼く見えた。


 彩花とじゃれ合う姿は姉妹のようでさえある。


 父が彼女をからかうものだから、その空気はより強くなった。



「電気消す?」「ぜっっったい、消さない。最高に明るくして。慎兄、絶対に席を立たないでよ。わたしから離れたら、一生恨むから。彩花も。理久くんも。ぴったり挟んで、ぴったり」という具合だ。


 どうやら、想像していたよりもずっと苦手らしい。


 一方、彩花の目には期待と不安が半々、といった感じで、せっせとリモコンを操作していた。



「彩花さんは、ホラー平気なんですか?」



 そう問いかけると、彩花は苦笑しながら答えた。



「いえ、むしろ苦手なんですが……。怖いもの見たさ? みたいなのはあります。でも、母ほど怖がりではないですよ」



 彼女の笑みが若干ぎこちないのは、さっきの駄々こねを見られたからだろうか。恥ずかしそうにして、目が合わない。


 ただ、それくらいのほうがいいかもしれない。


 理久としても緊張する状況だった。



 香澄が「観るんだったら、絶対にだれかがそばにいてほしい」と要求したのだ。


 香澄は父と彩花の間に挟まり、理久も離れないでほしい、と言うものだから、彩花の隣に座っている。


 そのせいでソファのスペースに余裕はなく、本当にすぐ隣に彩花の身体があった。



 見慣れてきているものの、あまり直視しないようにしているパジャマ姿。


 長い髪が普段よりも艶やかに見え、お風呂上がりだけにシャンプーのいい香りが運ばれてくる。


 好きな人がそんな姿で、すぐ隣にいるわけだ。


 この状況で映画に集中できるのだろうか……。



 というか、近すぎないだろうか。大丈夫だろうか。


 親チェック入ったほうがよくないですか?


 肝心の香澄はさっきまで、「男女ふたりで夜のリビングに残るのはよくないか……」と心配していたのに、今はそれどころではないようだが。


 まだ始まっていないのに、怖がりながらこんなことを言い出す。



「これさ……、わたしが居る意味あるかな……。もう理久くんと慎兄だけでよくない? わたし二階に上がっていい?」


「いや、それは彩花ちゃんが可哀想でしょ……」



 父が呆れ、彩花も気まずそうな顔をしている。


 他人のお父さんと息子に挟まれて、ホラー映画を鑑賞するとか意味がわからなさすぎる。


 彼女もそれだけ余裕がないんだろうけど……。



「うわ、もう既に怖い……」



 配信サイトの作品詳細ページで香澄が青くなる中、ホラー映画鑑賞会は始まった。



「…………」



 理久もそれほどホラー映画に造詣が深いわけではないが、ごくごく普通のベタな作品に見えた。


 学校でひとりの生徒がいじめによって自殺し、その呪いによって同じクラスの生徒がひとりずつ不審な死を遂げていく。


 犠牲者には呪いの痣が浮かび上がり、数日もしないうちに悲惨な死を遂げる、というものだ。


 学校で流行りそうな展開ではあるなあ、という感想くらいで、特別怖いとも思えない。



 音や展開でビックリさせられるタイプだと否応にも反応してしまうが、これはそう言った映画でもないようだ。ぞわっとした恐怖を与えるタイプ。


 なので、理久は淡々と観ていたのだが。



「ひっ……!」


「ひゃっ……!」



 三枝母娘はそれなりに恐怖を覚えたようで、何度か口から悲鳴が漏れている。


 ふたりで手を握り合い、身を寄せて画面を食い入るように見つめていた。


 かわいい。


 それこそ姉妹のようだ。


 一方、小山内親子はふたりとも怖がっておらず、適度にお菓子や飲み物に手を出そうとしたが、その動きだけで香澄がビクゥ! っと反応するので自重した。



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