第63話



「………………」



 ひとりになると、どうしても先ほどの話が脳裏に浮かぶ。


 佳奈のアシストもあって、おそらく彩花は後藤のことを憎からず思っていたはずだ。


 恋愛がよくわからない、という言葉は本当だろうし、異性として好いていたわけではないしても。


 佳奈が言うように、「試しに付き合ってみる」という選択がまるきりなしだったとは思えない。


 受験が理由ならはっきりとそう告げるだろうし、受験が終わるまで返事を保留してもいい。


 別の理由があったはずだ。



 彩花は交際をはっきりと断った。


 その理由を、「お付き合いなんて、できません」とだけ告げて。


 そこにどうしても、引っ掛かっていた。



 彩花はずっと、自分の考えをまとめるように、整理するように話していた。


 それがまとまった瞬間、彩花は不自然なくらい早急に話を畳んだ。


 だからこそ、理久は気になっている。 


 あれでは、うっかり一番話をしてはいけない相手に、口を滑らせたようではないか――。



「――あぁ」



 そこまで考えると、自然に答えが見えてくる。


 彩花が「付き合えない」と口にしたのは、理久のせいだ。


 そうとしか考えられない。


 理久の存在があるから、彼女は交際を断るしかなかった。



 佳奈が似たようなことをしていたではないか。


 理久を牽制するために、彩花と後藤をくっつけようとしていた。


 後藤をお守りの道具に使おうとしていた。


 もちろん、それに対して彩花も思うところはあっただろうけれど。


 ここで考えるべきは、後藤の気持ちだ。


 後藤は、理久と彩花の関係を知らない。


 けれど、親密になればその秘密を彼には明かさなくてはならない。



 その結果、どうなるか。


 後藤はどう思うか。


 自分の愛する女性が、歳の近い男性とひとつ屋根の下、いっしょに暮らしている。


 血の繋がりもない他人といっしょに、寝食をともにしている。


 その事実に、恋人が何も思わないでいられるだろうか。



「……思わないはずがない」



 理久が後藤の立場だったらすごく嫌だろうし、心配するだろうし、常に気に掛けてしまうだろう。


 義理の兄に対して、佳奈のような行動を起こしてしまうかもしれない。


 きっと彩花は、それを嫌った。


 問題を起こさないように、彼を不安にさせないように、最初から交際を断った。



 三枝彩花は、他人の男性と暮らしている。


 恋人を不安にさせる負債が、その肩に乗っている。


 それを実感したのではないだろうか。


 つまり、あのときに見せた寂しい横顔は。


 これから先、きっと恋愛も満足にできないのだろう、いう諦めの表情だったのではないか。



「……………………」



 理久は、思わず両手で顔を覆う。


 彩花は眠っているし、この車両にほかの乗客がいなくて助かった。


 この事実は、とても無表情では受け止め切れない。


 ここで理久が、「よかったあ。じゃあ彩花さんはだれとも付き合えないじゃん」と喜べるズルい男であれば、こんな思いは抱かなかったのに。


 自分という存在そのものが、彩花の自由を奪っている。


 その事実に、ただひたすら打ちのめされていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る