第34話



「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。勉強はちゃんとやってますから。料理は楽しいですし、家事をやると適度にリフレッシュできますから」



 無理して言っているわけでもなさそうだが、全く遠慮がないかと言えばそうでもないだろう。


 でも今の彼女なら、本当にキツくなったら頼ってくれそうだ。……たぶん。


 もしくは、そんな心配をする必要がないほど、彼女は成績優秀だったりするんだろうか。



「彩花さんってどこの高校目指してるんですか?」


「第一志望は豊崎高校です」


「え。そうなの?」



 思わず驚きの声を上げて、彼女をまじまじと見つめてしまう。


 彩花はそんな理久を前に、不思議そうに首を傾げた。


 理久は己を指差して、「俺、豊崎」と告げると、彩花は目を見開く。



「そうだったんですか。びっくりしました」


「ですね。彩花さんが豊崎に来たら、先輩後輩になるのかあ」


「そうですね……」



 さらりと互いに言ってから、動きを止める。


 しばらくその姿を想像したあと、絞り出すように口を開いた。



「……なんだか、複雑になりそうだね」


「そうですね……」



 彼女は義理の妹で、そのうえ高校の後輩になるのかもしれない……。


 だから何だって話ではあるのだが、関係を聞かれるとちょっと面倒くさいかもしれない。


 とはいえ、そんな先の話よりも、目の前の状況のほうが大事なわけで。


 受験を突破しないと、そんな未来はやってこない。


 なんだかこの感じだと、あまり心配する必要もなさそうだけれど。


 そこで、ふと思った。



「豊崎が楽勝ってことは、彩花さんってかなり勉強できます?」


「あ、いえ。楽勝ってほどでは……」


「……集中するために、やってることってあります?」



 きょとん、とされてしまう。


 いやまぁ、年上の、しかも先輩になるかもしれない相手に、そんなことを訊かれるとは思ってなかっただろうけど。


 だが、とても重要だ。


 彩花からすれば、この家は全く見知らぬ他人の家だったわけだし、理久の比ではなく、集中するのが大変だったはず。


 そんな逆境を跳ね返す方法があるのなら、ぜひ教えてほしい。



「いえ、どうでしょう……? 普通にやってるだけだと思いますが……」



 こてん、と首を傾げられてしまう。


 なぜそんなことを? と言った目で見られてしまう。


 格好悪い理由だが、今更彼女相手に格好悪いもなにもない。


 正直に答えた。



「いや、夏休みの宿題が終わってなくて……。イマイチ集中できないんですよ。受験生の前でこんな愚痴を言うのもどうなんだ、って話なんですけど」


「宿題……。あ、もしかして、わたしに付き合ってるからですか……?」


「あ、や、違う違う。単に俺の集中力が続かないだけです。ご飯作ってるだけで終わらないような量でもないので」



 慌てて否定すると、彩花はほっとした表情になる。


 いくらか気安い関係になったとはいえ、遠慮がなくなったわけではない。


 時たま、こうして事故のようにぶつかることもよくあった。


 彩花はきゅうりを切り終えたあと、こちらの顔をそっと覗き込む。



「それでは、図書館に行く、なんてどうでしょうか。集中せざるを得ない環境に身を置くと、案外捗ったりしますよ」


「あぁ、それはいいかもしれない。図書館か……、早速今日行ってこようかなあ」


「はいっ。じゃあお昼ご飯食べたら行きましょうか」



 ふふ、と笑う彩花の表情に、ん? と固まる。


 しかし、それを表に出さないようにしながら、理久は頭の中で考える。


 これ、もしかして、いっしょに行ける感じ……?


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